ひきだし

舞台の歌は、客席に届いているのか

第1183話まで読んで書いています

先に結論考察

届いている。客席のほうが多く描かれる

  • 歌より、届いたあとの数分が描かれる
  • 同じ節が、沸く客席も静まる客席も作る
  • 受け取りかたは、歌の側で決まらない
  • 道具は残らないが、歌だけが後に出る

この記事で、まだわかっていないこと 3

この世界には、舞台に立って歌う者たちがいる。 その歌が客席の外まで広がっていく様子が、何年にもわたって描かれている。

考察/ここまでで言えること

この作品が歌について描いているのは、歌そのものではない。届いたあとの数分だ。

舞台に立つ絵より、客席の絵のほうが多い。 聞いている者。画面を見ている者。小さい声で歌っている者。 貼り紙の前で待っている者。木の陰からのぞいている者。

歌の中身は、絵の中に二音か三音しか書かれていない。 書かれていないほうを、この作品は追いかけていない。 追いかけているのは、聞いた側がそのあと何をしたかになる。

舞台から始まる

第271話。緑・桃色・灰色の者たちが台の上に立ち、声を重ねる。 事実(第271話) 客席には鎧がふたついて、片方が曲を聞き分ける。

この曲は…

そして、前に歌っていた組だと言い当てる。 客席の側が、曲も演者も知っている。

画面ごしにも届く

第331話。外の卓で焼きそばを食べていると、 大きな画面に同じ者たちが映る。 事実(第331話)

そのとき、まわりを見るとこうなっている。

ちっちゃい声で歌ってる

居合わせた住人が、全員うっすら歌っている。 舞台の歌が、舞台の無いところで鳴っている。

見ていたふたつのうち片方が、こう言う。

自分のことみたいにうれしい

三年たっても残っている

第848話。家の中で、青いリボンのほうが急に歌いだす。 事実(第848話) 出てくるのは、あの舞台の節だ。 聞いていたほうが「歌だ」と言い、そのまま声をそろえて続ける。

第271話から三年たっている。 曲は残っている。

聞いているうちに、歌いだす

第142話。大きな桃色の手が「グーチョキパーでなにつくろう」を歌い、 灰色の列がワイワイと沸く。 事実(第142話) はじめは「なんだろ」と言って聞いているだけだ。 そのあと、こう言う。

ずっと聴いてたら…

そして最後のこまで、その歌を歌っている。

第331話では、店の画面に映った舞台の歌を、 まわりの客たちが小さい声で一緒に歌う。 事実(第331話) 「ちっちゃい声で歌ってる」と、見ていたほうが言う。

聞いてから歌えるようになるまでが、一回のうちに収まっている。

なぞる催しがある

第856話。客席がぎっしり埋まった場所で、 別の者があの節を歌う。 事実(第856話) 絵の中では、こう呼ばれている。

コピペ

客席が波打ち、鎧が「危険だ」と言う。 歌が聞く側を動かしすぎているところまで描かれる。

楽屋には、別の曲がある

第869話。舞台の裏で、緑の者が紙を読みながら小さく歌っている。 事実(第869話) 歌っているのは、題のついた別の曲だ。 そのあと四つそろって舞台に立ち、同じ曲を歌う。

第874話では、貼り紙のある集まりが開かれ、 そこで誰かが「いちばん好きになった」と言う。 事実(第874話) 陰から見ている者がいる。

外の世界でも、曲として出ている

ここからは原作の外の話だ。

この者たちの歌は、配信で曲として出ている。 事実(配信のクレジット) 四つそれぞれに声の担当がついていて、名前が公表されている。

曲どこで作詞作曲仕立て直し歌歌詞聞く
ひとりごつテレビアニメ 第12話ナガノトクマルシューゴ—ハチワレ(田中誠人)読む公式
むちゃうマンのテーマテレビアニメナガノトクマルシューゴ—むちゃうマン(影山ヒロノブ)——
パジャマパーティーズのうたテレビアニメ———みどり(諸星すみれ)/ぴんく(長縄まりあ)/しろ(篠原侑)/むらさき(内山茉莉)——
いたずらなこころテレビアニメ 第370話ナガノトクマルシューゴ————

作中で客席が歌っていた曲を、読者も聞けるということになる。 本編で「ウ」と「ワ」しか書かれていなかったものに、音がついた。

三つの読み

「この歌がなぜ広がるのか」について。 巷の説

読み1 言葉が短いから覚えられる

絵に書かれているのは、二音か三音のくり返しだけだ。 事実(第271話) 覚えるのに何も要らない。 だから客席も、通りすがりも歌える。

この読みだと説明できないこと。 覚えやすいだけなら、 なぜ三年後に残っているのか。短い歌ほど早く消えるはずだ。

読み2 この世界に、ほかの娯楽が少ない

描かれている娯楽は多くない。舞台と、遊技場と、画面くらいだ。 行き先が少ないから集まる、という見かた。

この読みだと説明できないこと。 少ないかどうかを、

読み3 歌そのものではなく、歌っている者に集まっている

客席の鎧が言い当てたのは曲ではなく組のほうだった。 事実(第271話) 貼り紙のある集まりも、曲ではなく者たちのためにある。 事実(第874話)

この読みだと説明できないこと。 なぞる催しが成立している。 事実(第856話) 者たちが出ていないのに、客席は沸いている。

この読みの、弱いところ

舞台と客席の回は八つを引いている。

討伐に同じ数が集まる絵が見あたらない、と言うには、 群衆の回を並べることになる。まだやっていない。本文もそう書いている。

ここから先は推測

この作品には、討伐があり、検定があり、報酬がある。 働くことばかりが描かれる世界だと言われる。

そこに、働かずに聞いているだけの時間が挟まっている。 焼きそばを食べながら画面を見る時間。客席で待つ時間。 貼り紙の前に集まる時間。

ここからこう読める。

この世界で、いちばん集まっているのは舞台の前だ

討伐の場面に、これだけの数が集まる絵は見あたらない。

これは飛躍だ。 群衆の描かれる回を並べたわけでもない。 舞台の絵が印象に残るだけかもしれない。

同じ節で、客席が逆になる

なぞる催しでは、客席が波打ち、鎧が「危険だ」と言う。 事実(第856話) 勝った者がもう一度あの節を歌うと、今度は客席が静かになる。 事実(第867話)

同じ曲、同じ節。受け取られかたが逆になっている。

考察/もう少し先まで読むと

受け取られかたは、歌の側で決まっていない。

節が同じなら反応も同じになるはずだが、そうならない。 沸くのと静まるのを分けているものが、歌の中に無いことになる。

この作品は、ものの意味をものの側に置かない。 同じ語が遊びと取り締まりの両方を担い、同じ道具が回ごとに別の役をする。 歌も同じ扱いを受けていることになる。

歌だけが、持ち越される

考察/いちばん先まで読むと

この世界では、ものが次の回に残らない。

食べ終わった器も、買った石も、使った道具も持ち越されない。 傘さえ、雨の回ごとに別のものになる。

そのなかで、歌だけが三年後に出てくる。 事実(第848話) 家の中で急に歌いだし、聞いていたほうも続けられる。 覚えていた、ということになる。

持ち越されるものがほかにほとんど無いので、 この作品でいちばん長く残っているのは、形の無いものだ。 番号がもう一度出る回と並べると、残るものが二つ見える ── 外から渡された番号と、誰にも渡されていない歌になる。

まだわかっていないこと

  • 覚えたあとで、誰がどれだけ歌えるようになるのか。聞いてその場で歌いだす回はあるが、どこまで覚えたかは画面に出ない 事実(第142話) 客席が聞いてそのまま歌いだす回がある。覚える場面は描かれている

    絵を開いた 事実(第142話) 歌の出る回の候補124話を開いた。覚える場面はあった。第142話で、はじめ「なんだろ」と聞いていたふたつが「ずっと聴いてたら…なんかこの歌…楽しくなってきた〜!!」と言い、最後のこまでその歌を歌っている。第331話では画面に映った舞台の歌を店の客たちが小さい声で一緒に歌う。第856話には「コピーパフォーマンス」という、真似して歌う催しがある

  • なぞる催しが誰の主催なのか。会場の絵に主催の字が出ていないか、催しの回を開いて看板と貼り紙を見れば決まる。まだ開いていない

    絵を開いた 事実(第869話) 会場の字は、出演者の名前だけだった。第869話の舞台には、パジャマパーティーズ、と書かれた電飾が一枚あるきり。主催を示す字も、貼り紙も、案内の板も画面に入らない。楽屋の台本にも、催しの名前は出てこない

  • 沸く客席と静まる客席の違いが、歌のどこから来るのか。二つの回の絵を並べて、歌い手・客席にいる数・時間帯のどれが違うかを一つずつ消していけば当たりが付く

    絵を開いた 事実(第869話) 歌の側ではなく、時間の側で分かれていた。第869話は歌っている最中で、客席が、キャー、ワー、ウウウ ワウワ、と沸く。第862話は出し物が終わったあとで、すっかり回転も止まって、おだやかに…、と言われる。沸くか静まるかは、歌のどこからでもなく、催しが続いているかどうかで分かれている

この記事の方針

  • 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
  • ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
  • 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
  • あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。

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