曲の題が、場面の名前になっている
第1163話まで読んで書いています
先に結論
- 映画のサウンドトラックは全52曲。公開日に出た 確認済(サウンドトラックのクレジット)
- 多くの曲の題が、あらすじではなく場面の名前になっている 確認済(サウンドトラックのクレジット)
- 「Adapter」というクレジットが、版ごとに別に立っている 確認済(サウンドトラックのクレジット)
- 音楽は二人で担当している。戦いの場面に片方の名が多い 確認済(公式サイト)
- どの曲が映画のどこで鳴るかは、こちらでは突き合わせていない 未確定
この記事は、映画の中身に触れる。 曲の題を扱うので、 読んでいると場面の順が分かってしまう。まだ観ていない人は、ここで戻ってほしい。
映画のサウンドトラックは全52曲ある。 確認済(サウンドトラックのクレジット) 二枚に分かれていて、公開の日に出た。
眺めていて、ふつうの劇伴と違うところがあった。 曲の題が、ほとんど場面の名前になっている。
「島二郎登場」「セイレーンの嘆き」「決戦前夜」「出航の朝」「家路へ」。 音楽につける題というより、絵コンテの見出しに近い。
順に並べると、あらすじになってしまう
ここで一度手を止めた。
52の題を発売順にそのまま書き写すと、 それは映画のあらすじそのものになる。 このサイトは、あらすじを細かく組み直さないと決めている。 「何が起きたか」ではなく「どこを見るか」を書く場所だからだ。
だから、全部は並べない。 並べれば記事としては読みごたえが出る。 出るけれど、それは映画を一本分、文章に移し替えることになる。
かわりに、原作の回とつながるところだけを取り出す。
原作の回と、まっすぐ結べるもの
| 曲 | どこで | 作詞 | 作曲 | 仕立て直し | 歌 | 歌詞 | 聞く |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| くつずれ | オープニング | ナガノ | トクマルシューゴ | トクマルシューゴ/上水樽 力 | ハチワレ(田中誠人) | 読む | 公式 |
| 机さする | エンディング | ナガノ | トクマルシューゴ | トクマルシューゴ/上水樽 力 | ちいかわ(青木遥) | 読む | 公式 |
| 島のうた | 島の歓迎から見送りまで | — | トクマルシューゴ | トクマルシューゴ/上水樽 力 | 島民 | — | 公式 |
| 島のうた(セイレーンver.) | セイレーンと人魚が歌う場面 | — | トクマルシューゴ/上水樽 力 | トクマルシューゴ/上水樽 力 | セイレーン(鈴木みのり)/人魚(大木咲絵子・七瀬彩夏) | — | 公式 |
| うさぎラップ(ソロver.) | うさぎが返した歌 | — | トクマルシューゴ | トクマルシューゴ | うさぎ(小澤亜李)/人魚(大木咲絵子・七瀬彩夏) | — | 公式 |
| うさぎラップ(リズム感のある者たちver.) | 三人で乱しにいく場面 | — | トクマルシューゴ | トクマルシューゴ | うさぎ(小澤亜李)/モモンガ(井口裕香)/人魚(大木咲絵子・七瀬彩夏) | — | 公式 |
| 今日の日はさようなら(ハチワレver.) | かがり火の夜 | 金子詔一 | 金子詔一 | トクマルシューゴ | ハチワレ(田中誠人) | 読む | 公式 |
| 今日の日はさようなら(合唱ver.) | 同じ夜の、声がふえたほう | 金子詔一 | 金子詔一 | トクマルシューゴ/上水樽 力 | ハチワレ/シーサー/島二郎/島民 | 読む | 公式 |
このうち、原作の絵で同じことが起きている回を確かめられたものがある。
| 曲 | 本編で同じことが起きている回 |
|---|---|
| うさぎラップ(ソロver.) | 第713話 |
| うさぎラップ(リズム感のある者たちver.) | 第749話・第751話 |
| 今日の日はさようなら(ハチワレver.) | 第762話 |
| 今日の日はさようなら(合唱ver.) | 第763話 |
「リズム感のある者たち」は、こちらが付けた呼び名ではない。 本編の台詞にそのまま出てくる。 確認済(第749話) 作戦を立てる場面で、三人が名指しされる。 映画の曲名は、そこから取られている。
「今日の日はさようなら」は、かがり火をかこむ夜の回にあたる。 確認済(第762話) この曲の題は、単行本第8巻の章の題にもなっている。 本の章名と、映画の曲名が、同じ実在の曲の題を指している。
「Adapter」という見なれないクレジット
このサウンドトラックには、作曲とは別に Adapter(アダプター)という欄がある。 確認済(サウンドトラックのクレジット)
同じ旋律を、場面ごと・歌い手ごとに仕立て直す役だと説明されている。 編曲に近いが、編曲とは別に立っている。
これがあるおかげで、どの版を誰が作り変えたかが追える。 「島のうた」はひとりの作曲で、その一部の版だけ二人の共同作曲になる。 同じ旋律なのに、作曲のクレジットが変わる。 それだけ手が入っているということになる。
二人の音楽家
音楽は二人で担当している。 確認済(公式サイト)
ひとりは、テレビアニメからずっと音楽をやってきた人で、 百を超える楽器と、楽器でないものを自分で鳴らして曲を組む。 アニメが始まったとき、「少し変わった音楽」と自分で言っていた。
もうひとりは、作曲家でピアニスト。 古い短編アニメーションの音楽を研究して博士号を取っているという経歴がある。 絵の動きに音をぴたりと合わせる書きかたを、研究のほうから通ってきた人だ。
クレジットを見ると、歌ものと日常の場面には前者の名が多く、 戦いと島二郎の場面には後者の名が目立つ。 確認済(サウンドトラックのクレジット) ただしAdapterには二人の名が並ぶ曲も多いので、 きれいに分かれているわけではない。
音楽が、物語をどこまで知っていたか
「この音楽は、物語のどこまで知っていたのか」について。 ファン考察
A 音楽が、物語の構造をそのまま引き受けている
同じ旋律が場面ごとに姿を変える。 歌い手が減れば響きも減る。話の状態が、そのまま音の状態になっているという読み。
この立場では残るもの。 引き受けているかどうかは、 聞いた側の受け取りでしかない。作り手がそう言った記録を、こちらは持っていない。
B 原作の場面が、もともと音楽的にできていた
原作にはもともと歌の回が多い。 確認済(第664話) 歌が力を持つ設定も、コーラスがそろわないと弱まる理屈も、原作にある。 確認済(第751話) 音楽で語れる材料が、はじめから置かれていたという見かた。
この立場では残るもの。 それなら、なぜ版が七つも要ったのか。 原作の歌の場面は、それより少ない。
C 曲の題が場面名なのは、ただの作業の都合
劇伴は場面ごとに発注される。題が場面名になるのは、 作りかたの都合であって、読みの材料ではない、という立場。
この立場では残るもの。 それでも公開されている。 作業用の名前をそのまま商品に出すかどうかは、選ばれている。
ここから飛躍する
ここから先は根拠が薄い。飛躍だと分かるように、節を分けて置く。 ファン考察
52という数を、原作の側から見てみる。
島の編にあたる原作の回は、島へ渡る話から見送りまで 百回を軽く超える。 それが52曲に畳まれている。
畳むときに、何を一曲にまとめ、何を別の曲に分けるか。 その分けかたは、映画が原作をどこで区切ったかの記録になる。 公式は「第何話から第何話まで」を出していない。 だとすると、いま公になっている唯一の区切りかたが、この52曲だということになる。
これは飛躍だ。 曲の分けかたは音楽の都合でも決まる。 盛り上がりの位置と、話の切れ目は同じではない。
それでも、原作のどこがどう扱われたかを知る手がかりが ほかに無いのは本当だ。
よく挙げられるが、こちらでは確かめていないこと
- どの曲が、どの場面で鳴るか。 題から並べただけで、 上映と突き合わせていない
- 録音や機材のこと。 作り手の座談会が出ているが、 有料の記事で本文を読めなかった。 読めていないものは書かない
- 作詞のクレジット。 主題歌の作詞は報じられているが、 劇中歌の作詞がどうなっているかは、こちらが見た一覧に出ていない
題だけが、公になっている
映画の公式は、原作のどこにあたるかを書いていない。 このサイトも、原作の絵と映画の場面を突き合わせられない。
そのあいだにあるのが、52の題だ。 場面の名前がついた曲が、発売の順にならんでいる。
そこから分かるのは、どの場面に音がついたか、までになる。 どんな音だったかは、聞いた人しか知らない。 そして、聞いた人が書いたものは、こちらでは確かめられない。
まだわかっていないこと
- どの曲が、映画のどの場面で鳴るのか 掘っていない
- 原作に無い場面のために書かれた曲があるのかどうか 掘っていない
- 曲の題を誰が付けたのか 掘っていない
一つずつ、掘り進めていきます。埋まらないまま残るものもあります。
この記事の方針
- 「確認済」と書けるのは、公式アカウントの投稿で照合できたことだけです。確認した話数を必ず添えています。
- ファンのあいだで語られている説は「ファン考察」と明示し、事実と混ぜません。
- 作中で説明されていないことは「未確定」のまま置きます。埋めません。
- まとめサイトや考察ブログは、語られている説を知るために読んでいます。読んだ文章や表を写さず、自分の言葉で書き直しています。そこで見たことを「確認済」にはしません。
- こちらで確かめられなかったことは、確かめていないと書いて出します。「よく挙げられるが、こちらでは確かめていないこと」の節がそれです。
- 根拠の薄い読みを載せるときは、節を分けて「ここから飛躍する」と書きます。本文に混ぜません。
- あらすじの再構成や、セリフの長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
読み終わらなくても、ここで置いていけます。90日たったら、トップで一度だけまた出します。