この世界の時計は、何に合わせているのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
時刻はあるのに、時刻のもとが無い
- 時報も日付も暦も出てこない
- それでも門は、決まった時刻に閉まる
- 動くものだけ見えて、動かす側が見えない
- 守らせる者も、作った者も同じ形になる
- 時刻は、そのいちばん小さな例になる
時計が出てくる回がある。目覚まし、数字の出る画面、動きだす針。 2022年の前半に、まとまって出てくる。 事実(第410話)
そこで気になることがある。その時計は、何に合わせているのか。
時刻は、画面に出る
まず、出ているものを並べる。
数字の出た画面が一度ある。時刻がそのまま読める。 事実(第539話) 目覚ましは何度も出てくる。光りだす回、転がる回、開く回。 針が動きだす回もある。 事実(第437話)
時刻を気にしていることは、はっきり描かれている。
時計を合わせる先が出てこない
出てこないものも並べる。
それでも、そろっていないと成り立たない場面がある ── 門が閉まる回。走れば間に合う、という声が出て、実際に閉まる。 事実(第1038話) 閉める側と、向かう側で、同じ時刻を見ていることになる。
考察/ここまでで言えること
時刻はあるのに、時刻のもとが無い。
時報が無い。 決まった音も、告げる者もいない。 日付が無い。 何日なのかが画面に出る回は無い。 暦が無い。 季節の行事はくり返されるのに、何月なのかは示されない。
時刻を口に出して約束する場面がある。 事実(第430話) 聞く相手が同じ時刻を持っていなければ、約束にならない。
時計の出る回は、近いところに並んでいる
もうひとつ気づいたことがある。時計の出る回が、近い番号に並んでいる。
目覚ましを買う回、光りだす回、転がる回、針が動きだす回、 うずの中に落ちる回、雨の中でひらく回。 事実(第441話) そのあいだに、時間の軸に触れる言い回しも出てくる。 同じことがくり返されているのではないか、という声だ。 事実(第428話)
時計が並ぶところと、時間そのものが話になるところが重なっている。
ここは弱い。ほかの時期に時計が出ていないとは言えない。 拾えた回が近くに並んでいた、というだけだ。 一続きだったのかどうかも、切れ目が決まっていないので決められない。
二つの読みかた
ひとつ。どこかに時刻のもとがあって、描かれていないだけ。 この読みなら、ふつうの世界と同じことになる。弱いところは、 六年ぶん描いて一度も出てこないことだ。 店も、仕事も、試験も出るのに、 時計を合わせる場面だけが無い。
もうひとつ。そろえる必要のない世界。 日の出と日の入りで足りていて、 目覚ましはそれぞれが勝手に決めている。弱いところは、門の回だ。 勝手に決めた時刻では、門は閉まらない。
どちらも、片方の場面を説明できない。
考察/もう少し先まで読むと
動いているものだけが見えて、動かしているものが見えない。
これは、この作品のほかの場所と同じ形だ。 級はあるのに決めた者がいない。禁止はあるのに出した者がいない。 報酬はあるのに値を付けた者がいない。
時刻は、そのいちばん小さな例だ。
小さいぶん、いちばん効く。 級や報酬は、出てこなくても暮らしは回る。 時刻は、そろっていないと門の回がそもそも成り立たない。 つまりこの世界には、必ずどこかに動かしている側がある。 あるのに、六年ぶん描いて一度も映らない。
いま言えること
この作品には、時刻を守る場面はあっても、時刻を配る仕組みが無い。
決まりを守らせる者が出てこないこと、仕組みを作った者が出てこないことと、 同じ形をしている。
この読みの、弱いところ
時計の出る回を三つ引いている。
近いところに並んでいる、という線は、拾えた回がそうだったというだけになる。 本文もそう書いている。 どこかに動かしている側がある、という読みは、門の一つの回に乗っている。
まだわかっていないこと
- 時刻を合わせる先がどこかにあるか。六年ぶん描いて一度も出てこない。時計の出る回の絵を開いて、壁や画面に基準らしいものがあるかを見れば当たりが付く
絵を開いた 事実(第441話) 時計は出るのに、目盛りが無かった。第441話にはピンクと黄色の目覚まし時計が出るが、どちらも文字盤に数字が描かれておらず、針のような形だけがある。合わせる先どころか、読む目盛りが絵に無い
- 日付が画面に出た回があるか。書きとめていない。絵の中の字を拾えば、有無だけは決まる。無ければ、暦そのものが画面に無いことになる
数えた 一枚絵とあいさつ299枚は全部開いてある。日付らしい字が出たのは、ろうそくの5と1、冠の1.22 の二つだけだ。どちらも祝いの回で、暦としては出ていない
- 遅れたときに何が起きるのか。門が閉まる回の次の回を見れば、間に合わなかった場合が描かれているかが分かる。描かれていなければ、時刻に罰が付いていないことになる
絵を開いた 事実(第465話) 起きることが描かれていた。第465話で、労働の窓口が、今日はもうおしまいッ、と閉まる。並んでいた者たちはワーワーと声をあげるだけで、罰は出てこない。間に合わなければ、その日は受けられない、までになる
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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