実在するお菓子の名前が、なぜ出てくるのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
区別する線が無いので、よその名も出る
- よその名と、ここだけの名が同時にのる
- 二つの系統が、分けて置かれていない
- 混ざっているのは、出どころだけになる
- 付けかたは同じで、どちらもやたら細かい
- 名前の作りかたを、共有しているらしい
画面に出る品の名には、二つの系統がまざっている。 事実(第551話)
ひとつは、この画面の外にもある名前。 きのこの山んばと書かれた箱。 事実(第551話) 赤福と書かれた札。 事実(第446話) 柿の種という声。 事実(第826話) 純露と書かれた字。 事実(第449話) ビアレッティと書かれた銀色の器。 事実(第1104話)
もうひとつは、ここにしかない名前。 なんか汁。天かすネギのせごはん。鬼カレー。島ラーメン。 事実(第361話)
分けて置かれてはいない
面白いのは、二つが分けて置かれていないところ。
考察/ここまでで言えること
二つの系統が、分けて置かれていない。
同じ食卓に、よその名のものと、ここだけの名のものが同時にのる。 どちらかが特別あつかいされることもない。 区別する線が、絵の側に引かれていない。
読者の側では、この二つは別の種類になる ── 片方は知っているもの、片方は知らないもの。 作品の側では、同じ棚にある。
つまり、作品の外と作品の中の境が、 食べ物のところでは引かれていないことになる。
なぜ混ざるのか
巷では、こう言われている。
- 見た目を早く伝えるため。知っている名前が一つあると、絵の説明が要らなくなる
- この世界を、作品の外の世界のとなりに置くため。同じ菓子があるなら、遠い場所ではない
- 作者の好みがそのまま出ている。とくに意味は無い
三つめは、根拠を出しようがない。
一つめは、はたらきとしては合っている。ただし説明を省く必要のない場面でも出てくるので、それだけでは足りない。
二つめには、取りこぼしがある。となりに置きたいなら、ここにしかない名前のほうが邪魔だ。 実際には、そちらのほうが多い。
名前の細かさは、そろっている
もう一つ気づくことがある。
| 例 | |
|---|---|
| よその名 | きのこの山んば、赤福、ビアレッティ |
| ここだけの名 | なんか汁、天かすネギのせごはん、分配出汁 |
考察/もう少し先まで読むと
混ざっているのは出どころだけで、名前の付けかたは同じだ。
汁と呼ばずに、なんか汁と呼ぶ。ごはんと呼ばずに、天かすネギのせごはんと呼ぶ。 よその名のほうも、同じくらい細かい。
借りてきた名前なら、借りたところで止まるはずだ。 実際には、ここだけの名前も同じ細かさで作られている。
名づけの手つきが、二つの系統で同じということになる。
この読みの、弱いところ
二系統を並べているが、それぞれ数えてはいない。 どちらが多いかも、拾いきった上で言ってはいない。
名前の細かさがそろっている、という線が、いちばん弱いところになる。 細かさを測るものさしを持っていない。
ここから先は推測
この世界は、名前を借りているのではなく、名前の作りかたを共有しているのかもしれない。 巷の説
よその名が出てくるのは、よそとつながっているからではなく、 同じ勢いで名前を付ける場所だから、同じものが同じように名づけられただけ、という読みだ。
根拠は弱い。名前の細かさがそろっている、という一点しかない。 これは飛躍として置いておく。
混ざっていることまでは言える
よその名を出すときと、出さないときの分かれめが見えない。
ここにしかない名前が誰に付けられたのかも、どの回にも出てこない。
まだわかっていないこと
- よその名を出すときと出さないときの分かれめ。絵に出る品の名を全部拾って、よその名とここだけの名に分け、出る場面の種類で並べれば偏りが出る。まだ拾っていない
絵を開いた 事実(第108話) 開いた範囲では、よその名はたいてい包みか札の字として出る。鮭とば(第8話)・ブタメン(第13話)・よっちゃんイカとメロンソーダ(第14話)・ラムネ(第21話)・丸真正宗マルカップと味しみ大根(第108話)・ストロングゼロと焼きシャウエッセン(第5話)。全部拾うには1209話ぶんの字を拾うことになる
- 同じものを回によって呼び分けているか。同じ形の食べ物が出る回を並べて、名前が変わっているかを見れば決まる。変わっていれば、名前は場面のものになる
絵を開いた 事実(第566話) 同じ形のものを二つ開いたら、呼び名は変わらなかった。第563話はうまカレーの店で、こん立てに出るのは、カレー、の一語。第566話は黒い皿のカレーで、具の厚みが…、口内を刺激する〜、と言う。どちらも、カレー。変わるのは店の名前のほう(うまカレー/鬼です)になる
- ここにしかない名が誰に付けられたのか。どの回にも出てこない。この作品は、名前を付けた者をいつも描かない。そのうちの一つになる
絵を開いた 事実(第21話) ここにしかない名の付けかたに、形が一つ見つかった。第21話に、巨・ラムネ。第123話に、巨・オムライス。巨・を頭に付ける形が、六年をまたいで二度出ている。付けた者は、どちらの回にも出てこない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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