作中で流れるのは、実在の曲なのか
第1183話まで読んで書いています
先に結論考察
絵から読んだ三曲が、外の記録で裏づいた
- 知っている音が鳴ると、場所が近くなる
- 近くなっても、分かることは増えない
- 外の曲が鳴っても、何も説明されない
- 近づくことと分かることが、別に置かれる
本編を読んでいると、たまに知っている曲が鳴る。
はじめは気のせいだと思っていた。ラ行のくり返しに、 読む側が勝手に旋律を当てているのだろう、と。 絵を開いて確かめたら、気のせいではなかった。
考察/ここまでで言えること
鳴っているあいだだけ、遠いものが近くなる。
この作品の音は、たいてい「ラ」で書かれている。 その中に、外で知られている曲がときどき混ざる。
混ざったところで、何かが説明されるわけではない。 朝ごはんが出てくるだけだし、こわい話は片づくだけだ。
近づくことと、分かることが、別々に置かれている。 収まっても、世界の作りについて分かることは一つも増えない。
絵で確かめた曲
| 曲 | 何の曲か | 作詞 | 作曲 | 絵で確かめた回 | 歌詞 |
|---|---|---|---|---|---|
| グーチョキパーでなにつくろう | 手あそびの歌 | 斉藤二三子 | フランス民謡 | 第142話 | — |
| BELIEVE | 合唱曲 | 杉本竜一 | 杉本竜一 | 第180話 | — |
| 波のピエロ | 合唱曲 | 土肥 武 | 平吉毅州 | 第405話・第628話 | — |
| 時の旅人 | 合唱曲 | 深田じゅんこ | 橋本祥路 | 第433話・第434話・第435話 | 読む |
| 青雲のうた | お線香の広告の歌 | 吉野藤丸 | 森田公一 | 第379話・第552話・第556話・第557話 | — |
| マックスバリュの歌 | お店の歌 | — | — | 第913話 | — |
| 春の海 | 正月に流れる曲 | — | 宮城道雄 | 第964話 | — |
| ハッピーバースデートゥーユー | 誕生日の歌 | — | — | 第459話 | — |
どれも、絵の中の文字を読んで確かめている。 巷のまとめには、ほかにも行進曲や牧場の歌が挙がっているが、 回を特定できていないので、この表には入れていない。
アニメ版のクレジットが、裏から確かめてくれた
本編の絵だけでは、「似ているだけ」の域を出ない。 ところが、テレビアニメの公表されているクレジットに、 既存曲の編曲という項目がある。 事実(配信のクレジット)
- 合唱曲の一つ(作詞・作曲は同じ人)
- お線香の広告の歌
- もう一つの合唱曲
三回続けて歌う回がある
いちばん驚いたのは、第433話から第435話だ。 事実(第433話)
ちいかわが家にひとつきりでいる。合唱曲を歌っている。 次の回では、計算機の前に座って、まだ歌っている。 事実(第434話) その次の回でも、歌っている。 事実(第435話) 三回目には、曲の題そのものが絵の中に出てくる。
そのあいだ、画面に映っているのは 「黒い流れ星」というこわい話の検索結果だ。
明るい合唱曲と、こわい話。 音と画面がまるきり合っていない。 それが三回続く。
ちなみに、こわい話のほうは最後にオキシ漬けで片づく。
品名だけ入れかわる
第556話と第557話には、白い髪の者が出てくる。 事実(第556話) 朝ごはんを出したあと、上機嫌で歌いだす。
歌っているのは、お線香の広告の歌だ。 ただし品名のところだけ、朝ごはんに置きかわっている。 事実(第557話) 聞いていたほうが、続きの言葉をつぶやく。
同じ歌は、その前の第552話でも出てくる。 事実(第552話) この回は置きかえがなく、語尾だけが白い髪の者の言いかただ。
同じことが、第913話でも起きている。 事実(第913話) シーサーが「得意な曲です」と言って歌うのは、 お店の歌だ。この回は言葉を変えずに歌っている。
よく言われている説
なぜ外の曲が鳴るのか。 巷の説
そのいち この世界が、作品の外の世界と地続きである
外の曲があるなら、外の暮らしもある、という読み。 実在の商品名や店名が絵に出てくる回があることも、これを支える。 事実(第1058話)
ここが通らない。 地続きなら、 討伐も、湧きドコロも、作品の外の世界に無いものだらけだ。 地続きだとして、どこまでが同じなのかが決まらない。
そのに 曲だけが入ってきていて、出どころは無い
節は知られているが、どこで覚えたかは一度も描かれない。 学校も、放送も、レコードも出てこない。 曲だけが、根を持たずに漂っている、という見かた。
ここが通らない。 「音楽のトコ」がある。 事実(第180話) スピーカーの置かれた場所があり、住人がそこへ聞きにいく。 根はあることになる。
そのさん 読者の記憶を、そのまま場面に持ちこませている
外の曲を鳴らすと、読者の側に音が実際に鳴る。 絵には「ラ」しか書かれていないのに、読者の頭では旋律が流れる。 それを狙っている、という読み。 事実(第379話)
ここが通らない。 曲を知らない読者がいる。 合唱曲は世代や地域で知られ方が違う。
そのよん 選ばれた曲の中身に、意味がある
三曲とも、別れ・希望・未来を歌っている。 そういう曲ばかりが選ばれているのは偶然ではない、という読み。
ここが通らない。 手あそび歌と、お店の歌と、 正月の曲がある。中身でそろえているとは言いにくい。
この読みの、弱いところ
絵で確かめた曲は八つになる。 巷の一覧にあるものは、回を特定できていない。
ひとつきりのときに出てくる、という読みは、本文も飛躍だと書いている。
ここから先は推測
外の曲が鳴る回には、共通点がある。 歌っている者が、ひとつきりでいるか、うわの空でいる。
野の花をマイクにするのはひとつきりのとき。 事実(第379話) 合唱曲を三回続けて歌うのは、家にひとつきりでいるとき。 事実(第433話) みかんを放り上げながら口ずさむのも、ひとつきりでいるときだ。 事実(第957話)
逆に、この世界の歌は、たいてい誰かと一緒に歌われている。 鍋をかこんで、屋台の前で、舞台の客席で。
ここからこう読める。
外の曲は、ひとつきりのときに出てくる
これは飛躍だ。 ひとつきりで歌う回のほうが描きやすいだけかもしれない。 「そういえば」の域を出ていない。
知っている音が、知らない場所で鳴る
それでも、知っている音が知らない場所で鳴ると、 その場所が急に近くなる。 討伐のある世界と、 合唱曲をうろ覚えで歌う世界が、同じ一枚に収まってしまう。
近くなったところで、分かることは増えない。 増えないまま近くなるところが、この作品の居心地なのだと思う。
まだわかっていないこと
- 外の曲がどう入ってきたのか。覚える場面が描かれない。ただし音楽のトコはあるので、根が無いわけではない。その場所の出る回を開いて、何が鳴っているかを見れば一段進む 事実(第405話)
覚えたと本人が言う回があった。どこで覚えたかは、そこでも出ない
絵を開いた 事実(第405話) 覚えたと言う場面が一つあった。第405話の朝の露天で、外の曲(波のピエロ)をハチワレが口ずさみ、そのあとで、あ、この歌? 最近おぼえた、と言う。覚えたことは本人の口から出る。どこで覚えたかは、そこでも出てこない
- 学校や合唱の場があるか。合唱曲が歌われているのに、歌う場が出てこない。集まって歌う回を拾えば、有無だけは決まる
数えた 集まって歌う回に当たりは付けられる。5キャラ以上が出る回は39話で、うち33話は島の回だ。合唱の場があるかは、その39話を開けば当たりが付く
- 広告の歌を覚えている者が、その商品を知っているか。品名を朝ごはんに入れかえて歌っている。入れかえられるのは、もとの品名を知っているときだ。そこは絵から言える
確かめる道が無い 入れかえられるのはもとの品名を知っているときになる、というところは絵から言える。そこは変わらない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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忘れたころに、もう一度
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- 90日後
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- なぜ
- 90日のあいだに、本編は30話ほどふえます。 同じ記事でも、そのころには確かめられることが変わっています (記事の頭に、何話まで読んで書いたかが出ています)。
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