終わったあとに、残るはずのものがある
第1160話まで読んで書いています
先に結論
討伐は終わる。終わったあと、相手がどうなったのかは描かれない。
持ち帰る場面も、埋める場面も、見送る場面も、こちらは指せない。 次の回では、別のことが始まっている。
消えかたが、いつも同じ
この作品には、終わったものを持ち越さない癖がある。
食べ終わった器。買った石。もらったもの。催しの舞台。 どれも、次の回には出てこない。
討伐の相手も、同じ扱いを受けている。
ふつうに読めば、それだけの話になる。 一回ぶんが短いので、後始末まで入らない。
ところが、この場合は重さが違う
そこに、巷の読みが入ってくる。
もとは住人だったのではないか。 ファン考察 この読みが、広く語られている。
この読みを取ると、終わったあとに残るはずのものがある。
住人だったなら、知っている者がいる。いなくなったことに気づく者がいる。 探す場面も、悼む場面も、あってよさそうになる。
描かれていないぶんが、そのまま重さになる。
描かれないことが、二つのことを意味しうる
ここが、この記事の要点になる。
ひとつ。残らない。 この世界では、終わったものが消える。そういう仕組みになっている。
ふたつ。残らないように描かれている。 残っているが、画面に出さないことが選ばれている。
この二つが、まだ分かれていない。
一つめなら、世界の話になる。 二つめなら、描きかたの話になる。
同じ「出てこない」でも、意味がまるで違う。
作品の側から、一度問われている
材料をひとつ足しておく。
この仕事が正しいのかを問う言い回しが、作中で出る回がある。 確認済(第755話) とどめの声と、うずまきになった赤い目が同じ回にある。
問いは、作品の側から一度出た。
そして、そこでも終わったあとのことは語られていない。
問いが出たのに、答えも、後始末も来ない。 問いだけが置かれて、場面が進む。
これは、この作品のいつもの切りかたと同じになる。 いちばん重いところで、同じ切りかたをしている。
弔う場面が、この世界に無い
もう少し広げておく。
弔う場面を、こちらは指せない。 未確定 記録する場面も、名前を残す場面も出てこない。
墓も、碑も、名簿も見あたらない。
これは、討伐の相手だけの話ではない。 この世界には、いなくなった者を残す形が描かれていない。
建物に古びたものが無いのと、同じ並びになる。 始まりも、終わりも、この世界には積もらない。
残らないほうを取ると
最後に、二つの読みのうち一つめを少し進めてみる。 ファン考察
もし本当に残らないのだとしたら、 討伐は「倒す」ではなく「消す」になる。
そして、住人だったかどうかという問いも、少し形が変わる。 住人だったとしても、消えたあとには何も無いからだ。
この読みは、こわい。 こわいので、そのぶん慎重に扱いたい。
根拠は「描かれていない」だけになる。 描かれていないことを根拠にすると、何でも言える。
だから、こちらはここで止める。 終わったあとが描かれない。それが世界の話なのか描きかたの話なのかは、 分かれていない。
まだわかっていないこと
- 終わったものが、どう扱われるのか 掘っていない
- 弔う場面・記録する場面があるのか 掘っていない
- 残らないのか、残らないように描かれているのか 掘っていない
一つずつ、掘り進めていきます。埋まらないまま残るものもあります。
この記事の方針
- 「確認済」と書けるのは、公式アカウントの投稿で照合できたことだけです。確認した話数を必ず添えています。
- ファンのあいだで語られている説は「ファン考察」と明示し、事実と混ぜません。
- 作中で説明されていないことは「未確定」のまま置きます。埋めません。
- まとめサイトや考察ブログは、語られている説を知るために読んでいます。読んだ文章や表を写さず、自分の言葉で書き直しています。そこで見たことを「確認済」にはしません。
- こちらで確かめられなかったことは、確かめていないと書いて出します。「よく挙げられるが、こちらでは確かめていないこと」の節がそれです。
- 根拠の薄い読みを載せるときは、節を分けて「ここから飛躍する」と書きます。本文に混ぜません。
- あらすじの再構成や、セリフの長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
読み終わらなくても、ここで置いていけます。90日たったら、トップで一度だけまた出します。