危ない仕事なのに、なぜ主役のけがが出てこないのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
主役の体は、こわれず変わる
- けがと手当ては、島の者の側に出る
- 引っかかるのは、手当ての無さではない
- 渡す側が、けがのことに一度も触れない
- 危なさが、字になっていない
- 行ってはいけない場所は、板に書くのに
この世界には、危ない仕事がある。札に並び、選んで受け、出かけていく。 事実(第469話) 作中で、その仕事が正しいのかを問う言い回しが出た回もある。 事実(第761話)
それなのに、手当てをする場所が出てこない。
けがは描かれないのに、体が変わる場面は描かれる。 腕が増える回。 事実(第10話) 体から何かが生える回。 事実(第450話) 頭から出たものを引き抜いてもらう回。 事実(第1129話)
考察/ここまでで言えること
主役たちの体は、こわれるものではなく、変わるものとして描かれている。
どれも、痛そうには描かれない。 引き抜けば終わる。生えれば取る。 取り返しがつかない形では描かれない。
主役の体がこわれないなら、直す者も要らない。 医者が出てこないのは、医者の要る出来事が主役に起きていないから、という読みだ。
島の回には、けがと手当てがある
セイレーンの尾を、丸まった島民が受けとめる回がある。 事実(第762話) 次に出てくるとき、その島民は寝床に伏せている。 事実(第765話) これ…薬になるそうだ、と青い実が届けられ、貝汁ならいつでもつくれるぞ、という声も出る。 おお!!起きたか!!、と目を覚ますところまでが描かれる。 事実(第768話)
医者は出てこない。それでも、伏せる者と、届けられる実と、そばにいる者はいる。 けがと手当てが描かれるのは、主役ではなく、島の者の側だ。
二つの読みかた
ひとつ。深いけがをしない世界。 追われる回はあるが、主役が倒れて動けなくなる回はほとんど無い。島の者には、ある。 辛いもので倒れる回はある。 事実(第748話) そこは笑いの側だ。 そう読むなら、手当てが要らないのは当たり前だ。
もうひとつ。描かないと決めている。 けがを描くと、この作品のやわらかさが崩れる。だから手前で切る。 そう読むなら、討伐の危なさも、描かれているより重いことになる。
分ける手がかりが無い。 危ない場面の直後が、どう描かれているかを 絵で確かめないと決まらない。
気になるのは、そこではない
札には仕事が書かれ、報酬が書かれ、報酬が100倍になる紙も配られる。 事実(第660話) 危なさについての注意書きは、出てこない。 渡す側が、気をつけろと言う場面も出てこない。
考察/もう少し先まで読むと
いちばん引っかかるのは、手当てが無いことそのものではない。
危ない仕事を渡す側が、けがのことに一度も触れないほうだ。
ここで効くのは、この世界が危なさを字にする場所だという点だ。 立入禁止と書かれた板は出てくる。 事実(第674話) 場所の危なさは字になり、仕事の危なさは字にならない。
字になるのは外から与えられるものだけ、という線から見ると、 けがは与えられるものではないことになる。 体に起きることは、どれも字の外側にある。
体の変わりかたは、描かれる
頭に並べた三つ(腕が増える・体から生える・頭から引き抜く)を見ると、こわれかたのほうに手がかりがあるように見える。 巷の説
弱いところがある。 討伐の相手になったものは、戻ってこない。 変わって終わる回もある。こわれないと言い切れる根拠は無い。
この読みの、弱いところ
手当てをする場所が出てこない、と言うには、 全部の回を当たることになる。引いているのは五つになる。
島の回の三つは、けがと手当てがあることを示している。 この記事の線は、それが主役のけがではない、というところだけに頼っている。
二つの読みを分ける手がかりが無いことは、本文にも書いてある。 危ない場面の直後を、絵で一つずつ確かめてはいない。
まだわかっていないこと
- けがの手当てをする場所があるか。1209話を「手当てがあるか」という目で見直してはいない。見直せば、有無が決まる
絵を開いた 事実(第765話) 島の回に一つあった。セイレーンの尾を受けとめた島民が寝床に伏せり、薬になるそうだ、と青い実が届けられ、目を覚ます(第762話・第765話・第768話)。場所というより、寝床と、届けられる実だった。ほかの回は、まだ見直していない
- 深いけがをする場面があるか。危ない場面の直後がどう描かれているかを絵で確かめれば分かれる。倒れて動けない回が無ければ、一つめの読みが強くなる
絵を開いた 事実(第972話) 危ない場面の直後を二つ開いた。第761話では、とどめの一撃…、のあと相手が倒れるが、倒れるのは討伐の相手だ。第972話では、もぐらたたき、のように叩かれたあと、かかとのガサガサがなおってるッ、と治っている。倒れて動けない回は、開いた範囲では出てこない。そのあと、島の回で、尾を受けとめた島民が寝床から動けなくなる(第765話)
- 看病という言葉が何を指していたのか。礼を言う側の言葉として出てくるだけで、看病そのものが描かれた場面ではない。その回の前後を開けば、何があったかは分かる
絵を開いた 事実(第644話) 前後を開いた。第644話でハチワレが、心配だから先生に言って 今日は…、と言う。手当てではなく、休ませる側に回っている。看病という語そのものは、この回にも出てこない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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