島の者は、体の作りが違うのか
第1166話まで読んで書いています
先に結論考察
- 動きと声はあるのに、体の作りを示すこまが無い
- 島の者は、目も口も無い茶色いかげとして出る
- それでも、味方だッ、という声は上がる
- 根拠に挙げられる細かい描写ほど、あとから探しにくい
- 細かいほど、気づいた人がいる、という形で強く語られる
- 描かれていないのか、そもそも無いのかが分けられない
動きはある。作りを示すこまが無い
島民は、目も口も無い茶色いかげとして出てくる。 事実(第734話) それでも、味方だッ、という声が上がる。
舟をこぐ動きと、岩あなのしるしも描かれる。 事実(第770話) こぐ手も、かげのままになる。
考察/ここまでで言えること
声と動きはあって、体のほうだけが描かれない。
顔が無いことに触れる言葉も、出てこない。
根拠の細かさと、確かめやすさが逆になる
息、音、顔色。巷では細かい描写が根拠に挙げられる。 巷の説
細かい描写ほど、あとから探すのが難しくなる。 いっぽう、細かいほど、気づいた人がいる、という形で強く語られる。
考察/もう少し先まで読むと
確かめにくいものほど、強い読みの根拠になっている。
描かれていないのか、そもそも無いのか
この二つが分けられない。
顔が描かれていないことは、顔が無いことを意味しない。 名前の付いた人物が出ない回は、島の一続きの中に何話もある。
ここから先は推測
この作品は、名前の付いていない者を、かげのまま置く。 古本を売る者も、六年のあいだ一度も呼ばれないまま、顔と暮らしだけが描かれる。
考察/いちばん先まで読むと
描き分けられていないことは、違いが無いことの証にはならない。
同じかたちで描かれているものが、同じものだとはかぎらない。 違うかたちで描かれているものが、違うものだともかぎらない。 この世界では、見た目が手がかりになりにくいようにできている。
まだわかっていないこと
- 島の者の顔が、どこまで描かれているのか
絵を開いた 事実(第734話) 開いた。島民は目も口も無い茶色いかげとして出てくる。それでも、味方だッ、という声が上がる。顔が無いことに触れる言葉は、この回には出てこない
- 体を動かす場面に、作りの手がかりがあるかどうか
絵を開いた 事実(第770話) 開いた。舟をこぐ動きと、岩あなのしるしが描かれる。動きはあるのに、体の作りを示すこまが無い。こぐ手も、かげのままになる
- 島の者が出る回が、どれくらいあるのか
数えた 島の一続きは第664話から第770話までの106話になる。そのあいだ、名前の付いた人物の札が一つも無い回が16話ある。顔の描かれない者だけが出る回は、そこに入っている
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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- 90日のあいだに、本編は30話ほどふえます。 同じ記事でも、そのころには確かめられることが変わっています (記事の頭に、何話まで読んで書いたかが出ています)。
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