倒す相手と食べるものは、どこで分かれるのか
第1166話まで読んで書いています
先に結論考察
- 分かれていない。同じものが、追う相手にも食べ物にもなる
- 本には、食べると永遠のいのちが手に入ると書かれる
- 別の回では、食べるとカラダに付けができる、と言われる
- 得と損が、同じものについて同時に言われている
- 線を引いている者が、どちらの回にも出てこない
- 中心に置かれているものほど、決まりが説明されない
同じものが、両方の側に入っている
本に、人魚の肉を食べると永遠のいのちが手に入る、と書かれている。 事実(第692話)
別の回では、人魚を食べるとカラダにできる付け、と言われる。 事実(第761話)
考察/ここまでで言えること
同じものについて、得と損が別々の回で言われている。
追う相手でもあり、食べるものでもある。 どちらが本当かを決める回は出てこない。
線を引く者が、出てこない
討伐の札には相手が書かれる。店には品が並ぶ。 札を出した者も、品を並べた者も画面に入らない。
考察/もう少し先まで読むと
分けているものはあるのに、分けた者がいない。
巷の言いかたは、作中に無い
巷のまとめでは、こわいのにおいしい、という分類に名前が付いている。 巷の説
その言いかたは作中に出てこない。 出てくるのは、永遠のいのち、と、付け、という二つの語になる。
ここから先は推測
この世界では、食べることが暮らしの中心に置かれている。 中心にあるものの決まりが、いちばん説明されていない。
考察/いちばん先まで読むと
線が引かれていないのではなく、引いた者が画面に入らないだけだと読める。
級を決めた者も、制度を作った者も、罰を出した者も出てこない。 食べてよいものを決めた者も、その並びの中にいる。
まだわかっていないこと
- 食べてよいものと倒す相手の線を、誰が引いているのか
絵を開いた 事実(第692話) 開いた。本に、人魚の肉を食べると永遠のいのちが手に入る、と書かれている。書いた者も、そう決めた者も画面に入らない。読んでいる側が、その字を見つける形になる
- 食べたあとに何が起きると言われているのか
絵を開いた 事実(第761話) 開いた。人魚を食べるとカラダにできる付け、と言われる。付けが何なのかも、いつ来るのかも続かない。得のほうと損のほうが、別の回で別の者から出ている
- 討伐の札に、食べられるものが書かれることがあるかどうか
数えた 討伐の札が画面に出る回は、2020年の第36話からある。札に書かれているのは相手の名で、食べかたは書かれない。店に並ぶ品のほうにも、倒しかたは書かれない。二つの札が同じ画面にならぶ回は挙がらない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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