同じ音が、なぜくり返されるのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
前後の場面が、その音の意味を決めるから
- 同じ作りが、にぎやかさにも不安にもなる
- 声のくり返しと、音のくり返しは別になる
- 前者は真似できてキャラの癖になる
- 後者は真似できず、場面の調子になる
- 一回ごとに消えるのに、調子としては残る
この作品は、音がよくくり返される。同じ声が二度、三度と続く。 読んでいると、くり返しが場面の調子として残る。
二種類が混ざっている
くり返しには、種類が二つある。
声のくり返し。 同じ言葉を重ねる。叫びを重ねる。 事実(第26話) これはキャラの癖だ。誰が言ったかが分かる形で残る。
もののくり返し。 機械の音、足音、水の音。 事実(第130話) こちらの音は場面の調子だ。誰のものでもない。
その二つが入れ替わる回もある。 第539話で、 録音のできる目覚ましが黄色い者の声を取りこみ、一秒ごとに鳴らす。 事実(第539話) 出どころはキャラの声で、鳴っているのは機械の音になる。
考察/もう少し先まで読むと
二つは、耳に残りかたが違う。 前者は真似できるが、後者は真似できない。
巷でよく引かれるのは前者のほうで、後者はあまり語られない。 巷の説
ここに、分かれ目がある ── 声のくり返しは、誰のものかが分かる。 だからキャラの癖になり、真似され、外へ持ち出される。
音のくり返しは、誰のものでもない。 場面の調子だけを作って、その回で消える。
この作品でくり返しが場面の調子として残るのは、 誰のものでもないほうが多いからかもしれない。
くり返しは、二つのことを運ぶ
この作品では、くり返しが正反対の向きに使われているように見える。
明るい回に置けば明るくなり、閉じた回に置けば不安だ。
考察/ここまでで言えること
同じ作りが、逆のことに使われている。
ひとつは、にぎやかさ。同じ声が重なると、場が明るくなる。 歌になり、かけ声になり、遊びだ。
もうひとつは、不安。同じことが続くのは、時間が進まないことでもある。 同じ日がくり返されているのではないか、という言い回しが出る回もある。 事実(第428話)
どちらなのかは、音そのものでは決まらない。前後の場面で決まる。
ここが、この作品のくり返しのいちばん厄介なところだ。 音だけを取り出しても、意味が決まらない。 同じ語が遊びと取り締まりの両方を担うのと、同じ形だ。
続いていない
名指しできる範囲で、ひとつ言えることがある。 同じくり返しが何日も続く形は、出てこない。
くり返しの出る回は、たいてい一回で終わる。 次の回に同じ音が持ち越されない。 事実(第67話) 一続きの話の中でも、音のほうは毎回入れ替わっている。
これは少し意外だった。読んでいると、同じ音がずっと鳴っているように感じる。 実際には、出てきて、その回で消える。
この読みの、弱いところ
声のくり返しと音のくり返しを、それぞれ一つの回で引いている。
次の回に持ち越されない、と言うには、 くり返しの出る回を拾いきったことが要る。 読む側で鳴りやんでいない、という読みは、本文も飛躍だと書いている。
ここから先は推測
続けているのは、読む側かもしれない。
くり返しは耳に残りやすい。一度出てくると、そのあとしばらく頭の中で鳴っている。 次の回に出てこなくても、読んでいる側では鳴りやんでいない。
そう読むと、この作品が短い一回ずつでできていることと、 くり返しが多いことがつながる。一回ぶんは短くて、すぐ終わる。 そのあいだをつないでいるのが、頭の中に残った音ということになる。
これは飛躍だ。 そもそも何話にくり返しがあるのかを、
それでも、一回ごとに消えるのに調子として残る、というずれは、 名指しした回を並べるだけでも見えてくる。
くり返しを、二つに分けて置く
くり返しについて言えるのは、ここまでになる。
- 声のくり返しと、音のくり返しは別のもの
- 同じ作りが、にぎやかさにも不安にも使われている
数のほうは出せなかった。出すには、三つの言葉の書きかたをそろえるか、 絵をもう一度見直すかのどちらかが要る。
まだわかっていないこと
- 重なった回で、どちらが先に鳴っているのか。こまの順を追えば出そうだが、同じこまに二つ入る回もあって分けられない 事実(第539話)
二つは同じ回に出る。役は分かれていない
絵を開いた 事実(第539話) 重なる回はいくつも出た。第26話は「ウラララララ」(声)と「グルグルグルグル」(音)が同じ回に出て、しかも声のほうは別の者が真似する。第62話はヨイショ(声)とタスッ(音)、第64話はぐらぐら(声)とガシッ(音)。いちばんはっきりしているのが第539話で、録音機能つきの目覚ましが声を一秒ごとに鳴らす ── 声が機械の音になる
- 全部で何話にあるのか。候補を開いても数は出せない。数えるには1209話を開き直すことになり、そこは二本目の集めかたとしてやらないと決めてある
絵を開いた 事実(第539話) 候補124話を開いたが、数は出せなかった。候補じたいが三つのことばに「くりかえし」と書いた回から作ってあるので、そこで出る数は作品の数ではなく、書きかたの数だ。数えるには1209話を開き直すことになる
- 続けているのが読む側か、作品かをどう分けるか。同じ音が次の回にも出る回を探せばよい。一つも無ければ、つないでいるのは読む側になる
決めて作った 分けかたを決めた。同じ音が次の回にも出れば作品の側、間があいていれば読む側がつないでいる、とする。この線で見ると、第331話(2021年9月)と第869話(2024年5月)の ウ・ワ の声は二年八か月あいているので、つないでいるのは読む側だ。次の回に続けて出る例は、いまのところ挙げられない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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