「拾魔」は何と読むのか
第1183話まで読んで書いています
先に結論考察
ひろま。ふきだしにふりがなが振ってある
- 長いあいだ、しゅうまと読まれていた
- 読みひとつで、何の場所に見えるかが動く
- しゅうまは制度の名のように響く
- ひろまは、拾う場所とそのまま読める
- 読みを付けると、意味まで足されてしまう
拾魔の読みは、作品が出していた。 事実(第525話) 第525話のふきだしに、ひろ・まとふりがなが振ってある。 長いあいだ、そこを開かずに「しゅうま」と読まれていた。
考察/ここまでで言えること
読みひとつで、何の場所に見えるかが変わっていた。
しゅうまは音読みの並びで、制度や役所の名前のように響く。 ひろまは訓で、拾う場所とそのまま読める。
浮かぶ言葉がまるで違う。 そして、この作品の読みは浮かんだ言葉の上に積まれる。 役所だと思えば決まりの話になり、拾う場所だと思えば作業の話だ。
間違えたのは読みひとつで、変わったのは記事一本ぶんだった。
用語のページにも、Q&Aにも、問いにも「読みは作中に示されていない」と書いてあった。 三か所とも、間違っていた。
どうして起きたか
原因ははっきりしている。絵を開いていない。
三つのことば(各話に書いた三つの短い言葉)に「拾魔と書かれた札」とだけ書いてあり、 そこから先へ行かなかった。三つのことばにふりがなは書けない。六字から十六字しかないからだ。 書かなかったものは、無かったことになる。
これは第636話の「山姥」で一度やったのと、同じ形だ。 あちらは「キリー山脈」を読み違え、こちらは読まずに決めていた。
三つのことばは探すための道具で、材料ではない。 仕様にそう書いてあって、それでもまた同じところで転んだ。
直したところ
三か所を直した。消さずに、直したと書く。
| どこ | 前 | いま |
|---|---|---|
| ことば「拾魔」 | 読みかたは作中に示されていません | 絵の中にふりがながあり、ひろま |
| Q&A「拾魔って何ですか」 | 外から付けた読みです | 読みは絵の中に出ています |
| 問い「拾魔と書かれた札は」 | 読みも示されていません | 読みは分かる。分からないのは中身 |
用語のファイルの aliases には、しゅうま・じゅうまも残してある。
そう読んで探す人がいるので、外すと引けなくなる。
読みが出ていない字は、まだある
そのうえで、もとの問いは消えていない。 読みの出ない字が、ほかにある。
郎。 黄色い看板に一字だけ。 事実(第87話) 行列のできる店にも、同じ看板がかかっている。 事実(第465話) 島には「島二郎」の看板がある。 事実(第728話)
この一字には、ふりがなが無い。 読みを尋ねる場面も出てこない。
拾魔にはふりがなが振ってあって、郎には振っていない。 同じ作品の中で、扱いが分かれている。
ひとつの読みは、読みが要る字にだけ振ってあるというもの。 拾魔は作った字の並びなので、振らないと読めない。 郎は一字なので、振らなくても字として立つ。
確かめられていない。 振っていない字を全部並べてはいない。
読みを付けると、二つのものが足される
拾魔では間違えたが、読みを付けること自体の話は残る。
拾魔でいえば、しゅうまと読んだときと、ひろまと読んだときで、 浮かぶ言葉がまるで違う。
考察/もう少し先まで読むと
読みを付けると、二つのものが足される。
ひとつ。音。 字には音が無い。読みを付けると、音が生まれる。 作品が鳴らしていない音を、外から鳴らしていることになる。
ふたつ。意味の当たり。 読みが決まると、似た音の言葉が思い浮かぶ。 そこから、意味の見当が付いてしまう。
足されるのは、どちらも作品に無いものだ。 それでも読みは付ける。付けないと引けないからだ。 「ちいかわ ◯◯ とは」で探す人は、読みで打つ。
つまりこれは、探せるようにするために、作品に無いものを足す取り引きだ。 番号を振るのと、同じ取り引きだ。
それでも読みは付ける
話数の番号と同じ形だ。番号も作品には無い。 無いと書いたうえで、使っている。
まだできていないこと
考察/いちばん先まで読むと
外から決めた読みが、決めたものとして出ていない。
用語のページに読みが付いている。 読者から見れば、作品が出した読みに見える。
今回の拾魔は、まさにそれで事故になった。 外から決めた読みが、三か所で作品の読みのふりをしていた。
そして、同じ穴がもう一つある ── 話数の番号だ。 番号も作品には無い。無いと書いた記事はあるが、番号そのものには印が付いていない。
印を出す形を作れば、次は気づける。
巷では、同じ読みで呼ばれている
一続きは拾魔編と呼ばれ、読みはひろまへんになる。 巷の説 音読みで呼んでいる例は、見つけられない。 巷の説
合うところ。 画面のふりがなと、巷の呼びかたが同じ音になっている。 合わないところ。 どこで読みが分かるのかは、巷でも書かれていない。 読みだけが、先に行きわたっている。
この読みの、弱いところ
ふりがなのある回は一つ、郎の看板は三つを引いている。
振っていない字を全部並べてはいない。本文にもそう書いてある。 読みを決めたことに印が無い、というのは、こちらの手もとの話になる。
まだわかっていないこと
- 郎の一字を何と読ませているのか。ふりがなが無く、読みを尋ねる場面も出てこない。看板の出る回を全部開いて、ふりがなの有無を確かめれば、無いことだけは確かになる
絵を開いた 事実(第465話) 看板を大きく見た。第465話の黄色い看板に出ているのは、郎、の一字だけで、ふりがなは付いていない。読みを尋ねる声も、この回には出てこない
- ふりがなを振る字と振らない字の違い。作った字の並びには振り、一字には振らない、という読みが立つ。絵の中の字を全部拾って、振ってあるものと無いものに分ければ決まる
確かめる道が無い 絵の中の字を全部拾って振ってあるものと無いものに分ければ決まる。そこは変わらない。1209話ぶんの仕事になる
- 外から決めた読みを、決めたものとして出す形。印を出す形を作れば次は気づける。まだ作っていない。番号に但し書きが付いていないのと、同じ穴になる
決めて作った 印の形を決めた。外から決めた読みには、外から付けた読みです、と一行添える。作中にふりがながあればそちらを採り、古い読みは aliases に残す(拾魔で実際にそうした ── しゅうま から ひろま へ直し、しゅうま・じゅうま を残した)。番号のほうにも同じ穴があったので、そちらは使いかたの1枚に但し書きを置いた
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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