催しの題は、いつ決まるのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
先にある回も、あとから付く回もある
- 決める過程を持つのは、キャラの名前だけ
- 店の名前も、催しの題も持っていない
- すぐ決まるものに、決める場面は要らない
- キャラの名前が少ないのは、決まりにくい
- 名づけのやりかたが、一つに決まらない
催しには、題が付く。看板に出るものもあれば、 集まりの名として言葉になるものもある。
付けた者が出てこない。 そこはいつものことなので、 題が先にあるのか、あとから付くのか。
三つ並べる
看板に出るもの。 舞台があり、四つが横に並び、 看板と題がそろって出ている。 事実(第868話) 始まる前から、題がそこにある。
そろいのものを指す言いかた。 提灯が並ぶ場所で、 そろいで撮ったものを指す語が出る。 事実(第922話) これは、撮ったあとに付いている。
集まりの題。 並べた束を順に一枚ずつ見せる回で、 その会に題が付いている。 事実(第1113話) 題があることで、進行が決まっている。
前と後ろが、混ざっている
整理すると、こうなる。
| 題 | 向き | |
|---|---|---|
| 舞台の催し | 看板に出ている | 先にある |
| そろいで撮ったもの | 呼び名として出る | あとから付く |
| 見せ合う会 | 進行の名になる | どちらとも取れる |
両方あるというのが、いまのところの答えだ。
考察/ここまでで言えること
題の向きが割れている。
先にある題は、開く側がいることを示す。 看板を出すには、出す者が要る。 あとから付く題は、やってみてから名前が追いついたことになる。 こちらなら、開く側はいなくていい。
つまりこの作品は、名づけについて一つのやりかたを持っていない。
そして、どちらの場合も決めた者が出てこない。 先にある題も、看板を掛けた者が見つからない。 向きが二つあって、出どころは一つも無い。
キャラには相談があって、催しには無い
ここがいちばん面白いところだと思う。
つまり、店の名前も、催しの題も、決める過程を持っていない。
考察/もう少し先まで読むと
この世界では、キャラの名前だけが決める過程を持っている。
呼び名を相談する回はある。キャラの呼びかたを三つ書き出して、比べる回だ。 催しの題を相談する回は、出てこない。 気づくと、その名で呼ばれている。
店の名前も同じで、掛ける場面が出てこない。
これは意外だ。この作品はキャラの名前が少ないほうだ。 それなのに、名づけの場面があるのはキャラのほうだけだ。 数が少ないものにだけ、手間が描かれている。
少ないからこそ、相談になるのかもしれない
そう考えると、逆かもしれない。 巷の説
考察/いちばん先まで読むと
名前がすぐ決まるものには、決める場面が要らない。
キャラの名前が少ないのは、名前が簡単に決まらないからだとも読める。 巷の説 決まらないから相談になり、相談が回だ。
いっぽう、店にも催しにも名前がすぐ付く。 迷いが無いから、決める場面も要らない。
名前の付きやすさが、そのまま描かれかたの差になっている。
この読みだと、名前が無いことは省略ではなくなる。 決まっていない状態が、そのまま描かれていることになる。
題が先にあるとき、誰が出したのか
最後に、先にある題のほうへ戻る。
舞台の催しには、看板がある。 事実(第868話) 看板を掛けた者は、出てこない。 店の看板と同じで、はじめからそこにある。
そして、そこで演じている者たちは、 自分で題を決めたようにも、与えられたようにも描かれていない。
つまり、先にある題のほうも、出どころは同じところで止まる。 決めた者がいない。
名前が先か、ものが先か
この問いは、まだ決められない。
両方の向きが、別々の回に出ている。 先に題がある回もあれば、あとから付く回もある。
向きが割れているということは、 ということでもある。
この読みの、弱いところ
題の出る回は三つを引いている。
向きが割れている、と言うには、 催しの回を拾いきったことが要る。 名前の付きやすさが描かれかたの差になる、という読みは、こちら側のものだ。
まだわかっていないこと
- 題が先にあるのか、あとから付くのか。両方の向きが別々の回に出ている。題の出る回を集めて、看板が先に映るかどうかで分ければ、割合は出る
絵を開いた 事実(第869話) 題の出る回を二つ開いたら、そもそも題が出ていなかった。第869話の舞台の電飾に出るのは出演者の名前で、催しの題ではない。第864話に出るのは、参加賞、と書かれた札だけ。看板が先に映る回も、あとから題が付く回も、この二つには無い。割合を出す前に、題の出る回を数え直すことになる
- 開く側がいるのかどうか。看板を掛けた者を見つけていない。看板の出る回に誰が映っているかを引けば、掛けた側だけは分かる
数えた 掛けた者が描かれないのは、催しの看板だけではない。店の名も、級も、酒の免許も、出した者が画面に入らない
- キャラの呼び名には相談があって催しには無いのはなぜか。呼び名を相談する回は一つある。ほかにも相談の回があるかを探せば、キャラの名だけが特別かどうかが決まる
絵を開いた 事実(第40話) ものの呼び名のほうを開いたら、話し合いではなかった。第40話で出てくるのは訂正で、外から正しい形が来て、それを受け取る。キャラの呼び名の回にある、どう呼ぶかをふたつで決める形は、ここには無い。催しの題も、この訂正の形にすら出てこない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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