催しの日取りは、どこで共有されているのか
第1166話まで読んで書いています
先に結論考察
- 知らせが出る場面が、どの催しにも無い
- いつからと告げられる場面も出てこない
- 気づくと始まっていて、人が集まっている
- 年ごとにくり返されるので、決まりごとにはなっている
- くり返されるなら、いつやるかが共有されている
- 共有する手立てだけが、画面に出てこない
気づくと、始まっている
催しの回を開くと、とんがり帽子の三つが出て、ウラ イーハイの声が続く。 事実(第793話) クラッカーの紙ふぶきが飛ぶ。
始まった場面から描かれていて、集まる手前が出てこない。日取りを知る場面も入らない。
考察/ここまでで言えること
知らせが出る場面も、いつからと告げられる場面も出てこない。
用意した側はいる
木にならぶ提灯の列が出て、おそろい写真という語が続く。 事実(第903話) プリントを持ってくる者もいる。
用意した側はいるのに、知らせた場面が出てこない。
年ごとに、くり返される
豆の回、赤い帽子の回、とんがり帽子の回。 どれも別の年に同じ形で出てくる。
考察/もう少し先まで読むと
くり返されるということは、いつやるかが共有されているということになる。
暦や日付が画面に出る回は、そのどれにも出てこない。
離れた相手へ言葉を送る場面も無い
紙も、ポストも、箱も出てくる。 運ぶ者だけが出てこない。
ここから先は推測
考察/いちばん先まで読むと
共有する手立てを描かずに、共有されている結果だけが置かれている。
同じことが、時刻にも起きている。 待ち合わせは成り立つのに、合わせる先が描かれない。 門は閉まるのに、閉める者が出てこない。
まだわかっていないこと
- 催しの始まりが、どう描かれるのか
絵を開いた 事実(第793話) 開いた。とんがり帽子の三つが出て、ウラ イーハイの声が続き、クラッカーの紙ふぶきが飛ぶ。始まった場面から描かれていて、集まる手前が出てこない
- 集まる場所が、どうやって決まるのか
絵を開いた 事実(第903話) 開いた。木にならぶ提灯の列が出て、おそろい写真という語が続き、プリントを持ってくる者がいる。用意した側はいるのに、知らせた場面が出てこない
- 年ごとにくり返される催しが、いくつあるのか
数えた 季節にそった回は、豆の回・赤い帽子の回・とんがり帽子の回などがある。どれも別の年に同じ形で出てくる。暦や日付が画面に出る回は、そのどれにも挙がらない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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