住人どうしは、なぜ名前で呼び合わないのか
第1166話まで読んで書いています
先に結論考察
- 呼ばなくても通じている、というところまでが描かれる
- 呼びかけは多い。そこで名前が使われることがほとんど無い
- ねぇ、あのさ、で始まり、相手を見て話す
- 名のる回はある。名のるのは、その場で決めた集まりの名になる
- いっぽう道具と店と品には、名前の札が字で付く
- 名前が無いのではなく、付く先が住人ではない
呼びかけは多い。名前が出てこない
ねぇ、とか、あのさ、で始まり、相手を見て話す。 はじめて出てくる回でも、名前は使われない。 事実(第28話) ネッ絶対ねの大きさ、という声が出て、そのまま話しかけあっている。
考察/ここまでで言えること
名前が無いのではなく、呼びかけに名前が要らない形になっている。
名のる回はある
福と書かれただるまが出て、オデダルマ、と名のる。 事実(第892話) どんこでーす、と名のる回もある。 事実(第922話) パーントゥでーす、と名のる回もある。 事実(第925話)
どれも、自分から出す名になる。 まわりがそう呼んでいたわけではない。
考察/もう少し先まで読むと
名は、呼ばれるためではなく、名のるために出てくる。
品のほうには、名前の札が付く
草むしり検定、お土産石、うまカレー。 どれも字として画面に出る。
表札は顔の絵で、合格の発表は番号になる。
ここから先は推測
名前は、同じものが並ぶときに要るものになる。 品は同じものが何個もあるから名前で呼ぶ。
ところが、この世界には似た姿の者も大勢並ぶ。 そこで、姿で分かるから要らない、という説明が合わなくなる。
考察/いちばん先まで読むと
呼ばないことを誰も話題にしないことのほうが、いちばん揃っている。
不便だと言う声が出てこない。 間違えて別の者に話しかける場面も出てこない。 困っていないので、直す道具も出てこない。
まだわかっていないこと
- 名前を使わずに、どうやって呼びかけているのか
絵を開いた 事実(第28話) 開いた。ひらいた本のページの前で、はじめて出てくる者と話しかけあっている。ネッ絶対ねの大きさ、という声が出る。名前は一度も使われない。相手を見て、そのまま話している
- 名のる形が、どういうときに出るのか
絵を開いた 事実(第892話) 開いた。福と書かれただるまが出て、オデダルマ、と名のる。筆の先がずれていく場面も同じ回にある。名のっているのは、その場でそう呼ぶことにした名のほうになる
- 住人の名が、字として画面に出る回があるかどうか
数えた 作者が絵の余白に名を書いた回は二つある。ラッコの回とモモンガの回で、どちらもこまの外になる。こまの中に住人の名が字として出る回は、いまのところ挙がらない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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