この世界の名前は、何のためにあるのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
その場で呼ぶためで、指すためではない
- だから、名前は場面ごとに変わる
- 似た姿の者が大勢並ぶ場面に、名前が無い
- 並ばない品のほうに、名前がある
- 離れた相手へ言葉を送る場面が、無い
- 名前が要るのは、指させないときになる
この世界では、キャラの名前が文字にならない。 いっぽう、品や店には文字の名前が付いている。
キャラのほうは、文字にならない
表札にかいてあるのは顔の絵で、文字ではない。 事実(第52話) 検定の合格は、受験番号で貼り出される。 事実(第103話)
呼ばれかたはある。役で呼ばれる者、姿で呼ばれる者。 どれも、その者が何であるかは教えてくれない。
ものは、名前を持ちすぎている
対して、ものの名前は細かい。
目覚まし時計の字。 事実(第410話) 箱に書かれた品の名。 事実(第551話) 店の看板。 事実(第465話) 食べ物にいたっては、味や作りかたまで名前だ。 事実(第898話)
画面に文字として出るのは、ほとんどがものの名前だ。
名前は、区別のためのものではないらしい
考察/ここまでで言えること
区別のために名前があるのではない。
ふつう、名前は区別のために付く。同じものが並ぶと、要る。 この世界では、逆になっている ── 似た姿の者が大勢並ぶ場面があるのに、そちらに名前が無い。 事実(第630話) 並ばない品のほうに、名前がある。
しかも、区別する手立てが無いわけでもない。 番号は振られるし、首もとのちがいに触れる回もある。 区別はしていて、名前ではしていないことになる。
よく言われている説
巷では、名前が無いことをその世界のさびしさとして読む向きがある。 巷の説 番号で呼ばれ、顔で識別され、個として扱われない。 働くことの厳しさと結びつけて語られることも多い。
この読みは、店や品に名前があることを説明しない。 名前を付ける手間を惜しんでいるわけではない。キャラにだけ付いていない。
別の見かた
この世界では、呼び名があとから付くものとして描かれている。 巷の説
自分から名のる場面もある。 事実(第911話) 名のっても、素性は出てこない。 名前だけが渡されて、中身が渡されない。
呼び名を三つ書き出して比べる回がある。 事実(第521話) 比べるなら、決まっていない。その回では、結局もとのままだ。
考察/もう少し先まで読むと
名前は、その者を指すためのものではなく、その場で呼ぶためのものだ。
だから場面ごとに変わる。 同じ相手が、役で呼ばれたり、場所の名を付けて呼ばれたりする。 事実(第937話)
指す名前なら、一つでないと困る。呼ぶ名前なら、いくつあってもよい。 この世界の名前は、後者の作りをしている。
この読みの、弱いところ
キャラの側は三つ、ものの側は四つの例を引いている。
指させないときに名前が要る、という読みは、 離れた相手が出てこないことから出ている。本文も飛躍に近いと書いている。
ここから先は推測
名前が要らないのは、この世界が小さいからかもしれない。
いつも顔を合わせている相手しかいない世界では、 名前を呼ぶ場面そのものが少なくなる。
これは飛躍だ。 名前を出さないのは、 主人公に固有名を与えないやりかたは、ほかの作品にもある。
考察/いちばん先まで読むと
名前が要るのは、指させないときだ。
名前は、離れた相手を指すときに要る。その場にいる相手には、指させばよい。 離れた相手へ言葉を送る場面が、この作品には無い。 手紙も、たよりも出てこない。
そう読むと、品に名前があることも説明がつく。 品は、その場にないものを言うときに要る。 何を食べるか、何を買うか、何を持ってくるか。 そこでは、指させないから名前が要る。
これは飛躍に近い。 名前を出さないのは、 呼び名を付けない作りにしているだけかもしれない。
それでも、離れた相手が出てこないことと 名前が文字にならないことが、同じ形をしているのは確かになる。
読む側が付けた名前について
この作品のまわりには、読む側が作った呼び名がたくさんある。 キャラの愛称、まとめて指す言いかた、編の名前。 どれも通じるが、そのいくつかは、作中で言われた場面は出てこない。
使えば話が早い。使うと、作品が言っていないことを言っていることになる。 分けるほうを選ぶにしても、分けかたはまだ手探りだ。
まだわかっていないこと
- 名前として呼びかけられた場面があるか。書きとめていない。吹き出しを拾えば有無だけは決まる。一つでもあれば、この記事の前提が変わる
確かめる道が無い 吹き出しを書き起こしていないので、無いとは言えない。ちいかわの出る929話ぶんの吹き出しを拾えば決まる。
- 呼び名を決める場面が、なぜキャラにだけあるのか。店にも催しにも決める場面が無い。キャラの呼び名の回をほかにも探せば、キャラだけが特別かどうかが決まる
絵を開いた 事実(第40話) キャラ以外の呼び名に触れる回はあった。ただし形が違う。第40話では、あれさ…チャルメラじゃなくてチャリメラなんだって…、と直され、じゃあらためて…、と言い直す。相談して決める場面ではなく、まちがいを直す場面だ。決める場面が無いのは、キャラ以外でも同じだった
- 読む側が付けた呼び名を、作品の言葉として使ってよいのか。使えば話が早く、使うと作品が言っていないことを言うことになる。分けかたはまだ手探りになる
確かめる道が無い 分けかたは手探りのまま。ただし決めごとは一つある ── 巷の呼び名は aliases に入れず、画面に出さない。使うときは、作品の言葉ではないと書く
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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忘れたころに、もう一度
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