ひきだし

泣きながら笑う顔は、何を表しているのか

第1183話まで読んで書いています

先に結論考察

言葉にすると分かれるものを、一度に置く

  • 目と口が、ちがう向きを向いている
  • 泣いた回が、打ち消されないまま終わる
  • 悲しいことが起きても、次が始まる
  • 説明した時点で、混ざったものが分かれる
  • 説明をしない理由の一つが、そこにある

この記事で、まだわかっていないこと 3

柵ぎわでクッキーを食べている回がある。 事実(第304話) 話しかけようとして、三度言いよどむ。

あのね…

そのあと「……あ」と切れて、しばらくしてから「あのさァッ」と言い直す。 言うのは、もらったリボンを無くしたということだった。

そのときの顔が、この作品のつくりをよく見せている。

目と口が、ちがう向きを向いている

絵を開くと、こうなっている。

  • 目には涙がたまっている
  • 口もとは、上がったままになっている
  • 頬の赤みは、ほかの回と変わらない

同じつくりが、模試の結果を見せられる回にもある。 事実(第1008話) E判定と書かれた紙が出て、涙をためた目が描かれる。 そこでも口もとは同じ形のままで、線は変わらない。

考察/ここまでで言えること

言葉にすると、二つに分かれてしまう。絵は、両方を一度に置いている。

「泣いている」と書けば口もとが消えるし、 「笑っている」と書けば涙が消える。

線の太さも、目の大きさも、ふだんの回と同じだ。 泣いている顔として描き直されていない。

口もとは、変えようと思えば変えられる。 口を大きく開けて叫ぶ回はいくらでもある。 変えていないのは、変えられないからではない。

言った側は、それ以上ひろげない

第304話には、もうひとつある。

無くしたと言ったあと、話が続かない。 聞いた側の吹き出しには、記号しか入っていない。 慰めの言葉も、どこで無くしたのかという問いも出ない。 そのまま「終」になる。

模試の回はちがう。ここでは、聞いた側が言葉を出す。

気にしなくていいよッ!!

そのあとに「がんばってた心が…ポキッと折れちゃったの…?」と続く。 事実(第1008話) 言葉にしたのは、本人ではない。 本人は答えていない。答えないまま、次の者が紙を取り上げて、 「これが問題と解答?」と別のことを始める。

打ち消さずに、次が来る

同じ形が、ほかの回にもある。

本を読んで涙が出そうだと言う回。 事実(第488話) 見られてしまって、話は「やりたいこと…リスト…」へ移る。 最後は「すっごく楽しそッ!!!」で閉じる。 泣いていたことは、打ち消されてもいないし、解決してもいない。

寝間着の集まりの回では、木のかげで「グスン」と泣いている者がいて、 そのとなりの枠で、別の者たちが跳ねている。 事実(第875話) 同じ画面に、両方が入ったまま「終」になる。

E判定は取り消されない。誤りだったという場面も、受かり直す場面も出てこない。 事実(第1008話) 本を読んで涙が出そうだと言う回も、泣いていたことが打ち消されないまま閉じる。 事実(第488話) 木のかげで泣いている者のとなりで、別の者たちが跳ねている。 事実(第875話)

考察/もう少し先まで読むと

泣いた回が、打ち消されないまま終わる。

悲しいことが起きても、量を減らさない。減らさないまま、次のことが始まる。

分けて順番に置かないので、混ざったままだ。 ふつうの作りなら、悲しみを収めてから次へ行く。 ここでは、収めずに次が重なる。

読みは、いくつかに分かれる

ひとつめ。絵柄の都合。 この作品は線を変えない(別の考察で扱っている)。 泣き顔用の描きかたを持っていないので、 目だけを変えて口はそのままにするしかない、という読みだ。

ふたつめ。短さの都合。 一話は十コマ前後で終わる。 泣いて、慰めて、収まるところまで入れると枠が足りない。 だから途中で切れているように見える、という読みだ。

取りこぼすもの。百話を超える一続きでも、同じ作りになっている。 枠の数の問題なら、長い話のどこかで収める場面が入るはずだ。

みっつめ。収めないことが、そもそもの形。

取りこぼすもの。第1008話では、減らそうとする声が出ている。 「気にしなくていいよッ!!」は、打ち消しにかかる言葉だ。 作品の中にもその向きはある。通しの決まりとは言えない。

巷では、かわいさとの落差として語られる

泣く顔はこの作品のいちばん知られた絵で、 かわいい絵と不穏な中身の落差として語られる。 巷の説 その泣き顔を真似するキャラがいる、という読みもある。 巷の説

合わないところ。 泣きながら笑う形については、巷でも分けられていない。 語られるのは、泣いていること自体までになる。

この読みの、弱いところ

引いているのは四つの回になる。

線を変えていない、と言うには、 泣く回の絵を並べて見比べることになる。まだ開いていない。 説明が混ざりを壊す、という読みも、本文が飛躍だと書いている。

ここから先は推測

三つとも、片側しか説明できていない。

考察/いちばん先まで読むと

説明した時点で、混ざっていたものが分かれてしまう。

言葉は、混ざったものを分ける道具だ。 「悲しいけれど仕方がない」と書いたときには、 悲しみと諦めが順番に並んでいて、あとのほうが勝っていることになる。

絵には、その順番が無い。 第304話の顔には、どちらが先とも書かれていない。 そして、本人はそれを言葉にしていない。言葉にしたのは、別の回の別の者だった。

そう見ると、この作品が説明をしない理由の一つがここにあることになる ── 説明が足りないのではなく、説明が混ざりを壊す。

ここは飛躍だ。 作者がそこまで考えて描いているのか、 描きかたの積み重ねでそうなっただけなのかは、分けられない。

まだわかっていないこと

  • 涙が出る回と、出ない回の差。作中が、泣いても涙がでない、と言う回まである

    絵を開いた 事実(第47話) 泣く回を開いて、顔を見くらべた。形はそろっていない。第397話では目から二本の筋がはっきり垂れ、第1008話では目にためたまま落ちない。第875話は一滴だけ、第304話はうつむいて目が見えない。そして第47話では、泣いても涙がでないや、と本人が言う。涙が出るかどうかは回ごとに違い、しかも作中がそこに触れている

  • 打ち消さずに閉じるのが通しの作りなのか。打ち消す声が出る回も一つある。泣いた回の終わりかたを二つに分ければ、割合が出る

    絵を開いた 事実(第875話) 打ち消さずに閉じる側の回を開いた。第875話は、木の幹の陰で、グスン、と鳴らしたまま終わる。なぐさめる者も、打ち消す声も出てこない。泣いた側に気づく者すらいない。三こまつづけて点だけの吹き出しが並ぶ

  • 泣いた回の続きが次の回にどう残るのか。一話ずつしか開いていない。前後を通して読むと、別のことが見えるかもしれない

    絵を開いた 事実(第397話) 二つの回で、続きかたが違った。第397話は同じ回のうちに、ゲームセンター!!、行こッ!!、へ切り替わり、涙に戻らない。第875話は、グスン、で終わり、その場に誰も来ない。どちらも次の回へ持ち越す形にはなっていない(第875話の次の回は、まだ開いていない)

この記事の方針

  • 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
  • ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
  • 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
  • あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。

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