泣いた次の回に、なぜ慰めの言葉が無いのか
第1166話まで読んで書いています
先に結論考察
- 気持ちに触れずに、まわりの形だけが変わるから
- 慰めの言葉が、どの次の回にも出てこない
- かわりに、場のほうが動く
- 採点のしかたを変える、歌う側にまざる、書き出す
- だから、戻ったかどうかも言葉にならない
- 泣いたことが、次の回に持ち越されない
慰めの言葉が、出てこない
涙をためた次の回で、ズレてなかったバージョンで採点する、と周りが手を打つ。 事実(第989話) 泣いたことに触れる言葉は出てこない。
考察/ここまでで言えること
気持ちに触れずに、まわりの形のほうが変わる。
場が動いて、そのまま次へ行く
木にもたれて泣いた次の回で、その者が客席で歌う側にまざっている。 事実(第857話) ノートにやりたいことを書きはじめる回もある。 事実(第487話)
あいだに何があったかは描かれない。
考察/もう少し先まで読むと
戻ったと言う言葉が出ないので、戻ったかどうかも決まらない。
ここから先は推測
考察/いちばん先まで読むと
泣いたことが、次の回に持ち越されない。
取り合いも、落ちたことも、こじれたことも持ち越されない。 泣いたことも、その並びの中にある。
慰めがあれば、泣いたことは次の回の話になる。 慰めが無いので、泣いた回で終わる。
まだわかっていないこと
- 泣いた次の回で、まわりが何をするのか
絵を開いた 事実(第989話) 開いた。涙をためた次の回で、ズレてなかったバージョンで採点する、と周りが手を打つ。泣いたことに触れる言葉は出てこない。変わるのは採点のしかたのほうになる
- 泣いた者が、次の回でどうしているのか
絵を開いた 事実(第857話) 開いた。木にもたれて泣いた次の回で、その者が客席で歌う側にまざっている。あいだに何があったかは描かれない。戻ったと言う言葉も出てこない
- 泣いたあとに、別のことを始める回があるかどうか
絵を開いた 事実(第487話) 開いた。ノートにやりたいことを書く回になる。前の回で出た気持ちに触れる言葉は無く、書き出すほうに移っている
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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