お礼は、相手に届いているのか
第1166話まで読んで書いています
先に結論考察
- 言ったところで場面が切れる。返る言葉がほとんど無い
- 頭を下げる場面もある。下げられた側の顔が描かれない
- 届いたと分かる形は、返事か、うなずきか、次の回になる
- そのどれも、はっきり続かない
- 謝るほうも同じで、片側だけが描かれる
- 切られた先を埋めるのは、読む側になる
言ったところで、場面が切れる
穴から出たところで、ありがとう、というひとことが出る。 事実(第365話) そのあと草の上のごはんになる。
どういたしまして、にあたる言葉は出てこない。
考察/ここまでで言えること
礼のあとに返る言葉が、ほとんど描かれない。
頭を下げる場面でも、相手の顔が出ない
かがり火のもとに島民がならび、助けてくれて…、と言う。 事実(第739話) 描かれているのは、頭を下げる背中のほうになる。
下げられた側の顔は画面に入らない。
考察/もう少し先まで読むと
渡すほうは描かれ、受け取るほうは描かれない。
別れぎわも、同じ形になる
リュックにつめる荷物と、ありがとう、というひとことが出る。 事実(第766話) 七人が同じ回にいる。
返す言葉は、この回にも出てこない。
謝るほうも、同じになる
謝ったところで場面が終わり、許す言葉が返らない。 渡すほうと受け取るほうのうち、いつも片側だけが描かれている。
ここから先は推測
考察/いちばん先まで読むと
届いたかどうかを、作品は言わないことに決めている。
言えば、そこで一つの話が閉じる。 言わなければ、開いたまま次の回へ移る。
切られた先で何が起きたかは、読む側が埋めることになる。 この作品が、いちばん多くの場面でやっていることになる。
まだわかっていないこと
- お礼に返す言葉が、どこかに出てくるか
絵を開いた 事実(第365話) 開いた。穴から出たところで、ありがとう、というひとことが出て、草の上のごはんが続く。どういたしまして、にあたる言葉は出てこない。礼のあとは食べる場面になる
- 頭を下げる場面で、下げられた側が描かれるかどうか
絵を開いた 事実(第739話) 開いた。かがり火のもとに島民がならび、助けてくれて…、というひとことが出る。描かれているのは頭を下げる背中のほうで、下げられた側の顔は画面に入らない
- 別れぎわのお礼が、どう置かれているか
絵を開いた 事実(第766話) 開いた。リュックにつめる荷物と、ありがとう、というひとことが出て、味自慢と書かれたまわしが続く。七人が同じ回にいる。返す言葉は、この回にも出てこない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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- なぜ
- 90日のあいだに、本編は30話ほどふえます。 同じ記事でも、そのころには確かめられることが変わっています (記事の頭に、何話まで読んで書いたかが出ています)。
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