ひきだし

親や家族は、どこにいるのか

第1180話まで読んで書いています

先に結論考察

名前のある者に、関係で呼ばれる者がない

  • 六年ぶん見て、関係で呼ぶ者が出なかった
  • かわりに、関わりが毎回言葉にされる
  • 家族なら、言わなくても関係が続く
  • 無いと書くのは簡単で、数まで用意できた
  • 数は書いたものなので、無いとは書かない

この記事で、まだわかっていないこと 3

この作品には、親が出てこない。きょうだいも、育てた者も出てこない。 そう言われるし、読んでいてもそう感じる。

「出てこない」とまでは、言えない

一度、数えたことがある。各話に付けた短い言葉を1209話ぶん引いて、 親・家族・きょうだい・母・父・子どもが一件も当たらない、という表を作った。

その表は消した。

書いていないことは、その回に無いことを何ひとつ意味しない。 無いことの証明として出すには、いちばん向いていない材料だった。

いま言えるのは、こうなる。 家族らしき関わりが描かれた回を、 一つも出てこない。ただし、1196話の絵を「家族がいるか」という目で 見直したわけではない。 見直すべき仕事として、まだ開いていない。

名簿のほうから見る

絵から言えることが、ひとつある。出ているキャラだ。

いま記録しているキャラは13ある。ちいかわ、ハチワレ、うさぎ、ラッコ、シーサー、 くりまんじゅう、鎧さん、モモンガ、古本屋、パジャマパーティーズ、ほか。 事実(第1話)

考察/もう少し先まで読むと

十三の名簿に、関係で呼ばれる者が一つもいない。

十三はどれも、絵を見て拾った名簿だ。 どれも、名前か役で付いている。 誰かの母、誰かの兄、という書きかたをしたものが一つも無い。

六年ぶん、絵を見て名前を付けてきて、 関係で呼ぶしかない者が一度も現れなかった。

これも「無い」の証明ではない。名前が分かれば名前で呼ぶからだ。 それでも、暮らしを描いている作品としてはめずらしい。

そして、この世界の呼び名は役でできている ── マスター、お師匠、古本屋さん。 役はあって、続柄が無い。

かわりにあるもの

出てこないものの話ばかりでは進まない。出てくるほうを見る。

友だちになりました、と伝える回。 事実(第202話) 友だちです、と言われて、ふたつが顔を見あわせる回。 事実(第217話) ともだちだもん、という声が、洞穴の入口で出る回。 事実(第204話)

考察/ここまでで言えること

この作品では、関わりが毎回あらためて言葉にされる。

どれも、その日の話の山になっている。 背景として流れていくのではない。 言葉にすること自体が出来事になっている。

家族なら、ふつうこうはならない。関係が先にあって、言わなくても続く。

つまりこの世界の関わりは、言うたびに立ち上がるものとして描かれている。 言わなければ、続いているかどうかが画面に出ない。

選んだ関わり、という読み

巷では、この作品を選んだ関わりの話として読む向きがある。 巷の説 生まれで決まる関わりではなく、自分で選んだ相手と暮らす。 だから親が出てこない、という読みだ。

友だちという言葉の重さは、これでよく説明できる。

ただ、選んだ場面が描かれていない。 知り合う回が、ほとんど無いからだ。 気づくと同じ側にいる。 事実(第72話) 選んだのなら、選んだところがどこかにあってよさそうだが、出てこない。

育つ形が無い、という読み

もうひとつ。そもそも、この世界に生まれて育つところが無いのかもしれない。 巷の説

年齢に触れる場面は出てこない。誰も大きくならない。 六年たっても同じ姿でいる。育つところが描かれないなら、育てる者も要らない。

この読みだと、住人がどこから来るのかという問いが前に出てくる。 出どころが語られるキャラは、一つもいない。

弱いところもある。 大人びて見えるキャラはいるし、 飲むための資格のように、線が引かれていそうな仕組みもある。 事実(第490話) 線があるなら、線の手前と向こうがあることになる。そこは描かれていない。

この読みの、弱いところ

家族らしき回が出てこない、と言うには、 全部の回を別のものさしで開き直すことになる。まだ開いていない。

十三の名簿に続柄が無い、というのも、 名前が分かれば名前で呼ぶからだと本文にも書いてある。

ここから先は推測

家族が出てこないのは、この作品が「離れていてもつながる関わり」を 描かないからかもしれない。

うさぎを追いかけて着いた先は、家ではなかった。 事実(第576話) 夜をどこで過ごすのかも出てこない。 離れた相手へ言葉を送る手立ても出てこない。

家族は、ふつう離れていてもつながっている関わりとして描かれる。 つながりを保つ手立てがこの世界に無いのだとしたら、 離れた相手との関わりそのものが描けない。 描けないものは出てこない。

だから出てくるのは、その場に一緒にいる相手だけだ。 巷の説

これは飛躍だ。 手立てが無いのは、描く必要が無かっただけかもしれない。

それでも、一緒にいることが関わりのすべてになっているのは、 記録の数とも合っている。1キャラだけの回は、記録のある回の15%しかない。 残りはいつも誰かと一緒にいる。

確かめられたこと

  • 友だちという語は、出てくるたびに話の山になる
  • 家族らしき回は、出てこない。挙げられないことと、無いことは別

考察/いちばん先まで読むと

無いと書くのは簡単だった。数まで用意できた。

その数は、作品についての数ではなかった。

その数が自分の書いたものだと気づいたので、無いと書くのをやめた。

売りになっているものほど、根拠が甘くても通ってしまう。

まだわかっていないこと

  • 家族がこの世界にいないのか、描かれないだけなのか。1209話の絵を「家族がいるか」という目で見直してはいない。見直すべき仕事として待ち行列に出してある

    確かめる道が無い 1209話を家族がいるかという目で見直すことになる。待ち行列に出したままになる

  • 住人がどこから来るのか。出どころが語られるキャラが、一つも出てこない。誰も大きくならず、年齢に触れる場面も出てこない

    数えた 名前のある13キャラの初出は第1話から第890話までばらばらで、どの初出にも来歴が付いていない。出どころが語られるキャラは一つもいない、というところは記録でも同じだった

  • 友だちという言葉がどこまでの間柄を指すのか。その語の出る回を集めて、相手と場面を並べれば幅が出る。幅がせまければ、決まった間柄を指していることになる

    確かめる道が無い その語の出る回を集めるには吹き出しを拾うことになる。三つのことばには、言葉の出る回しか残っていない

この記事の方針

  • 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
  • ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
  • 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
  • あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。

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