「郎」の黄色い看板は、何を指しているのか
第1183話まで読んで書いています
先に結論考察
郎は、前に何かを足して使える形になる
- 島にも家にも付き、どれも店の名で通る
- 言いかただと読むほど、同じ店か不明だ
- 別の店でも同じ字が付くことになるから
- 作品の外に、黄色い看板で知られる系列が
- 四つそろうが、作中でそう言う場面は無い
黄色い看板に、郎の一字だけが大きく書かれている。 事実(第87話) 丼が山のように盛られていて、こっちも… ニンニクカラメで!!という声が出る。
同じ看板の店に、灰色の者たちの長い行列ができる回もある。 事実(第465話) 労働の札が下ろされて、その足で皆が向かう先になっている。
店だということは、場面から分かる。 その一字が何なのかは、作中で説明されない。
作品の外に、当てはまるものがある
先に、作品の外のことを書く。ここは作中の話ではない。
東京にラーメン二郎という店の系列がある。1968年に目黒で 「ラーメン次郎」として始まり、移転のときに看板屋が「二郎」と書き違えたのを そのままにした、という由来が広く語られている。 看板は黄色で、赤い字。店名は「ラーメン二郎 ◯◯店」の形をとる。 出される直前に「ニンニク入れますか」と聞かれ、客は ニンニク・ヤサイ・アブラ・カラメといった言葉で答える。これをコールと呼ぶ。
本編に出ているものと、並べてみる。
| 作中 | 外 |
|---|---|
| 黄色い看板、郎の一字 | 黄色い看板、ラーメン二郎 |
| こっちも ニンニクカラメで | ニンニク・カラメのコール |
| 丼が山になっている | 盛りの多さで知られる |
| 灰色の者の長い行列 | 行列で知られる |
| 島二郎 | ラーメン二郎 ◯◯店(地名が前に付く) |
四つそろっている。 ここまで重なると、読みとしてはかなり強い。 巷の説
考察/作品の外との、突き合わせについて
作中でそう言われた場面は無い。だから事実にはしない。
店の名がラーメン二郎だと書かれた回も、 客がコールという言葉を使う回も出てこない。 外にあるものと、形が合うところまでだ。
そして、この四つがそろっていることには別の読みかたもある ── 知っている人には最初から見えていたことになる。 長いあいだ、この一字が名前か言いかたかだけが論じられてきた。 外を見ないと、作中の材料だけでは決まらない問いだった。
前に何かを足して呼べる
作中だけで言えることに戻る。
島の看板には、前に土地の名が付いている。 事実(第728話) 森の中に「島二郎」と書かれた札が下がっていて、そのとなりに「貝汁」の板がある。 入口の前の一枚には、郎の一字だけが書かれている。
家郎という店の名も出てくる。 事実(第937話)
考察/ここまでで言えること
郎は、それだけで完結した名前ではない。前に何かを足して使える。
島・家と、ばらばらのものが付く。 どれも「◯◯郎」という店の名になっている。
つまりこれは、名前ではなく「〜屋」に近い言いかただ。 この世界には、名前の付きかたに決まりがほとんど無い。 そのなかで、これだけが組み立てかたを持っている。
「家郎」という店も出てくる
もうひとつある。家郎。 事実(第937話)
看病の礼に、「家郎」をごちそうさせて下さーしいと言う場面で、 聞いたほうはイエロー?と取り違える。 食べに行く先の名として使われていて、島二郎とまったく同じ形になっている。
この一件で、「〜屋」に近い言いかただという読みがいちばん強くなる。 前に何が来ても、後ろに郎が付けば店の名として通っている。
二つの読みを、分けておく
ひとつ。名前だという読み。 その店の固有の名前で、たまたま一文字だった。 弱いところ。 島二郎と家郎という、前置きの違う二つを説明しにくい。
ふたつ。言いかただという読み。 巷の説 「〜の店」「〜のところ」にあたる言葉で、前に何かを足して使う。 強いところ。 郎・島二郎・家郎の三つを、そのまま説明できる。
そして、外のほうも、ふたつめと形が合う。 ラーメン二郎の店名も「ラーメン二郎 + 地名 + 店」で、前後に足せる形をしている。
決まりそのものは、説明されない
そのうえで、決まりを説明する場面が、作中に無い。
どういうときに付けるのか。付けないものは何なのか。 誰も言わない。
これは、この作品の名前まわりで何度も起きている。 店の名前を掛ける場面が無い。品名を付けた者がいない。 催しの題を決める場面も無い。
読みも出てこない。 郎の一字にふりがなは振られていない。 同じ作品でも、拾魔の札にはふりがなが振ってある。 事実(第525話) 振る字と振らない字が分かれている。
同じ店かどうかが、決まらない
もうひとつ、確かめられないことがある。
同じ看板の店が、何度も出ているのかどうか。
黄色い看板の回は、2020年にも2022年にもある。 事実(第87話) 事実(第465話)
同じ店なのか、同じ言いかたの別の店なのかが分からない。
考察/もう少し先まで読むと
「言いかた」だと読むほど、同じ店かどうかは分からなくなる。
言いかたなら、別の店でも同じ字が付く。 だから、看板が同じでも同じ店とはかぎらない。
名前だと読めば、同じ看板は同じ店だ。 言いかただと読めば、同じ看板でも別の店でありうる。
読みが強くなるほど、確かめられることが減る。 ここが、この問いの面白いところだ。 そして、看板の字だけでは決まらないので、中を見るしかない。
この読みの、弱いところ
看板の回は四つを引いている。
作品の外との重なりは四つそろうが、作中でそう言われた場面は無い。 同じ店かどうかは、中を見るまで決まらない。本文もそう書いている。
まだわかっていないこと
- 郎の一字を何と読ませているのか。ふりがなが無い。同じ作品でも拾魔の札には振ってあるので、振る字と振らない字が分かれている。看板の出る回を全部開けば、無いことだけは確かになる
絵を開いた 事実(第465話) 看板を大きく見た。第465話の黄色い看板には、郎、の一字だけ。ふりがなは無い。同じ作品でも拾魔の札には振ってあるので、振る字と振らない字が分かれている、というところは絵でも同じだった
- 同じ店が何度も出ているか。看板の字だけでは決まらない。中の作りを見比べることになる ── カウンターの形、丼の形、並んでいる者。絵を開く仕事になる
絵を開いた 事実(第465話) 中の映る回が、一つしか無かった。第465話の郎は外から映るだけで、黄色い看板と青い戸と貼り紙二枚しか出ない。第311話には中の場面があり、小さなびんの並ぶところと、うつわを持つ者が出る。見比べるには、中の映る回がもう一つ要る
- この世界の言葉づかいに決まりがあるのか。郎の付く店をほかにも探して、前に来るものの種類を並べれば、決まりの形が出る。いまは三つしか見つかっていない
絵を開いた 事実(第728話) 前に来るのは、場所の名前だった。第728話の島二郎の「島」は、その店のある場所を指す。第311話・第465話の郎には何も付かない。いまのところ二つしか無いので、決まりの形までは出ない。前に付くものが場所以外になる例が一つ出れば、そこで分かれる
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
お気に入り
この端末のなかに残ります。お気に入りに一覧が出て、 そこから前後の回へも行けます。もう一度押すと取り消せます。
忘れたころに、もう一度
- いま
- 何も起きません。この記事の名前が、この端末のなかに残るだけです。
- 90日後
- トップページに、この記事が一度だけ出ます。出たら記録は消えます。
- なぜ
- 90日のあいだに、本編は30話ほどふえます。 同じ記事でも、そのころには確かめられることが変わっています (記事の頭に、何話まで読んで書いたかが出ています)。
置いたものの一覧は出しません。数も、残りも出しません。 覚えておくのはこちらの仕事なので、置いたことは忘れてかまいません。 この端末から外には出ません。