ひきだし

ひとつの節が、歓迎にも討伐にも使われている

第1163話まで読んで書いています

先に結論

  • 島に着いた回で、屋台の呼び声がそのまま節になる 確認済(第664話
  • 水の中の者たちが、その同じ言葉を重ねて歌う 確認済(第678話
  • 武器が配られるあいだも、島民は同じ節を歌っている 確認済(第686話
  • 見送りの列でも、同じ節に別の品名がのる 確認済(第767話
  • 映画のサウンドトラックに「島のうた」が七つの版で入っている 確認済(サウンドトラックのクレジット)

この記事で、まだわかっていないこと 3

島の編を読み直していて、同じ節が何度も戻ってくることに気づいた。 戻ってくるたびに、鳴っている場所の意味が変わっている。

五つの場面

第664話。到着。 「島へようこそ」ののぼりの下を歩いていく。 確認済(第664話 両側に屋台がならび、呼び声がそのまま節になっている。 たこ焼き、綿あめ、じゃがバター。品名が旋律に乗っている。

第678話。水の中。 黒い耳の大きな者が、水から顔を出して歌う。 確認済(第678話 歌っているのは屋台の呼び声とまったく同じ言葉だ。 ちいかわは声の重なりに驚いて、こう言う。

コーラス隊!?

第686話。武器。 「戦うしかないようだな」と言われ、 ちいかわ達に道具が手渡される。 確認済(第686話 そのあいだずっと、まわりの島民はあの節を歌っている。 歓迎のときと同じ音が、送り出しのときにも鳴っている。

第745話。夜。 赤い目をした大きな影が、同じくり返しとともに現れる。 確認済(第745話 島民はふるえて並ぶ。歌はそのまま、犯人を名指しする言葉に続く。

第767話。見送り。 船に乗るところで、また同じ節。 確認済(第767話 品名だけが入れかわって、貝汁カレーになっている。

映画が、この読みに数を与えた

ここからは、原作の外の話になる。

映画のサウンドトラックには「島のうた」という曲があり、 七つの版で入っている。 確認済(サウンドトラックのクレジット) 祭囃子の版、討伐オファーの版、セイレーンの版、 まちがえて襲ってしまった版、アカペラの版、島二郎の版。

版の名前が、そのまま原作の場面と並ぶ。

サウンドトラックの版本編で同じことが起きている回
島のうた第664話(到着)
祭囃子ver.第664話(屋台の列)
討伐オファーver.第686話(武器が配られる)
セイレーンver.第745話(夜の名指し)
島二郎ver.第767話(見送り)

こちらが絵から読んだ「同じ節が場所を変えて戻ってくる」を、 音楽の側が版の名前で言っている。 突き合わせて確かめたわけではない。並べると、そう見える。

「島のうた」はトクマルシューゴの単独作曲で、 セイレーンの版だけ上水樽力との共同作曲になっている。 確認済(サウンドトラックのクレジット) 同じ旋律なのに、作曲のクレジットが違う。 それだけ作り変えたということになる。

出どころをめぐる四つの見かた

「この節は何の歌なのか」について。 ファン考察

ひとつめ 島の商いの歌である

はじめに鳴るのが屋台の呼び声だから、もとは売り声だという読み。 確認済(第664話 品名が入れかわっても節が変わらないのは、器としてできているから。

この見かたで説明できないこと。 水の中の者たちが歌っている。 確認済(第678話 売る側でも買う側でもない者が、なぜ売り声を覚えているのか。

ふたつめ 島全体の歌で、屋台はその一つの使いかたにすぎない

歓迎にも、送り出しにも、見送りにも鳴る。 確認済(第767話 場面を問わず鳴る歌が先にあって、屋台がそれを借りている、という順。

この見かたで説明できないこと。 夜の場面で、島民は歌っていない。 確認済(第745話 歌っているのは現れた側で、島民はふるえて聞いている。 島全体の歌なら、そこは逆になるはずだ。

みっつめ もともと水の側の歌で、島が借りている

順を裏返す読み。水の中の者たちのほうが先に持っていて、 島の屋台が取り入れた。歌に力があるとされる者たちの歌なのだから、 出どころはそちらだという筋。

この見かたで説明できないこと。 屋台の言葉がそのまま歌われている。 確認済(第678話 水の側が先なら、品名まで一致する理由がない。

よっつめ 誰の歌でもなく、島にあるだけ

出どころを決めないほうがよい、という立場。 島に来た者は覚え、島にいる者は歌う。歌が場所に属している。

この見かたで説明できないこと。 何も説明していない。 ただし、作中でも説明されていない。

ここから飛躍する

ここから先は根拠が薄い。飛躍だと分かるように、節を分けて置く。 ファン考察

映画の音楽について、こういう読みが出ている。 セイレーンの版は四拍子が三拍子に変わっていて、 さらに和音の三度の音が抜けている。 その場面では三人で歌うはずのところが一人欠けている。 声の数の不足が、和音の不足として鳴っているという読みだ。

拍子が変わることはサウンドトラックのクレジットからも分かる。 確認済(サウンドトラックのクレジット) 三度が抜けているという聞き取りのほうは、 こちらで確かめていない。 譜面が出ていない。

それでも、この読みが正しければ、原作の一行と正面から噛み合う。 本編にはこうある。 確認済(第751話

歌の力は弱まる

そろわないと弱まる、という理屈が、 そろっていない和音として鳴っていることになる。 これは飛躍だ。 聞き取りを人づてに受け取ったうえで、 原作の台詞と結んでいる。二段ぶん足が浮いている。

よく挙げられるが、こちらでは確かめていないこと

  • 映画のどの場面で、どの版が鳴るか。 版の名前から並べただけで、 上映を突き合わせていない
  • 屋台の呼び声の全部。 絵に出ている品名は拾ったが、 小さく書かれているものまでは読めていない
  • 島二郎の版。 見送りの場面と結んだのは、 版の名前と時期が合うからで、それ以上の根拠はない

節だけが、ずっと同じだった

島の編を通して、言葉のほうは入れかわりつづける。 たこ焼きが貝汁カレーになり、歓迎が討伐になり、 最後は見送りになる。

節だけが、一度も変わらない。

同じ音が、楽しい場所でも、追いつめられる場所でも鳴る。 どちらで鳴っても、島の音として正しく聞こえてしまう。 そこがいちばん、この編の後味に効いている。

まだわかっていないこと

  • この節が、島でもともと何の歌だったのか 掘っていない
  • 水の中の者たちが、どこでこの歌を覚えたのか 掘っていない
  • 同じ節を、島民が意識して使い分けているのかどうか 掘っていない

一つずつ、掘り進めていきます。埋まらないまま残るものもあります。

この記事の方針

  • 「確認済」と書けるのは、公式アカウントの投稿で照合できたことだけです。確認した話数を必ず添えています。
  • ファンのあいだで語られている説は「ファン考察」と明示し、事実と混ぜません。
  • 作中で説明されていないことは「未確定」のまま置きます。埋めません。
  • まとめサイトや考察ブログは、語られている説を知るために読んでいます。読んだ文章や表を写さず、自分の言葉で書き直しています。そこで見たことを「確認済」にはしません。
  • こちらで確かめられなかったことは、確かめていないと書いて出します。「よく挙げられるが、こちらでは確かめていないこと」の節がそれです。
  • 根拠の薄い読みを載せるときは、節を分けて「ここから飛躍する」と書きます。本文に混ぜません。
  • あらすじの再構成や、セリフの長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。