島の話は、どこで終わるのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
終わりが置かれず、片が付いたとも出ない
- 入口にあった理由が、出口で回収されない
- 百倍という数字が、帰るときに出てこない
- 後味が悪いのは、悪い終わりだからでない
- この作品は終わったものを持ち越さない
- 島そのものも、同じ扱いを受けたらしい
島の話の終わりは、出ていく場面だ。
汽笛が鳴り、白い鳥のかたちの船が出て、屋台の歌で見送られる。 事実(第786話)
そして、そのすぐあとに、もう一つある。
島の者たちが、舟をこぎ出していく。 事実(第789話) 岩あなの中にしるしがあり、朝の海に島がうかぶ。
二つの出ていく場面が、近いところに並んでいる。
片が付いた、とは描かれない
勝った場面も、決着の言葉も出てこない。
帰る側と、離れる側があって、それぞれが動いていく。
うろこが、落ちていく
あいだに、もう一つ場面がある。
うろこが海に落ちていく回。 事実(第788話)
何かが終わったことは伝わる。 何が終わったのかは、言葉になっていない。
これは、この作品の切りかたそのものだ。 終わったところで切れて、何が終わったのかは言われない。
後味の悪さは、どこから来るか
巷では、後味の悪い終わりかたとして語られることが多い。 巷の説
そう読める理由は、こうなる。
終わっていないものが残っているから。
考察/ここまでで言えること
後味が悪いのは、悪い終わりかただからではない。終わりが置かれていないからだ。
倒したとも、解けたとも言われない。 けりが付いた場面は、出てこない。
片が付いていないので、続きがあるように見える。そして続きは来ない。 宙に浮いたまま、日々が戻る。
この作品は、ふだんも終わりを描かない ── 言ったところ、食べ終わったところ、出ていったところで切れる。 ここでは、いちばん長い一続きで同じことをしている。 長さが変わっても、切りかたが変わらない。
何が残ったのか
何が残ったのか。
思いつくものを並べる。
- 島の者たちが、どこへ行ったか。 こぎ出したところまで 事実(第789話)
- 歌うもの、食べた話の者、水の底の檻、報酬。 そのあとは画面に出ない
五つとも、そのままになっている。
最後のひとつが、効く
いちばん地味なのが、最後だ。
報酬の話が、終わりに出てこない。
この長い話は、100倍の報酬という紙から始まった。 事実(第660話) 着いた先の小屋にも、同じ数字が出ていた。
考察/もう少し先まで読むと
入口にあった理由が、出口で回収されない。
帰るところで、その数字が出てこない。 受け取った場面も、受け取れなかった場面も、出てこない。
残ったものは五つ数えられる ── 歌うもののその後。食べた話の者。島の者たちの行き先。水の底の檻。そして報酬。
そのうち、入口に出ていたのは報酬だけだ。 ほかの四つは、途中で出てきて途中で消える。 入口にあったものだけが、回収されずに残っている。
二つの出ていく場面
最後に、並んでいることの意味を置いておく。
帰る者たちが船で出ていく。 事実(第786話) 島の者たちが舟でこぎ出す。 事実(第789話)
考察/いちばん先まで読むと
この作品は終わったものを持ち越さない。島そのものも、同じ扱いを受けたように見える。
帰る者たちが船で出ていく。島の者たちが舟でこぎ出す。 どちらも、そこを離れている。
島に残る者が描かれない。 船が出たあとの島は、一こまも描かれない。
器も、石も、道具も持ち越されない。 百話をこえる場所も、同じ消えかたをする。
持ち越さない癖は、大きさで変わらないことになる。
この読みの、弱いところ
残ったものを五つ数えているが、それぞれ一つの回から出ている。
入口にあった理由が回収されない、と言うには、 行く前に言われたことを、島の106話から拾い直すことになる。 島に残る者が描かれない、という線も、二つの回を並べたところから出ている。
まだわかっていないこと
- 何が終わったのか。倒したとも解けたとも言われない。うろこが落ちる回の前後を開けば、何が終わったのかだけは絵から拾える見こみがある
絵を開いた 事実(第778話) 終わりの言葉が、そのまま画面に出ていた。第778話で、行方不明の島民たちはこれからも探し続けるそうだ、これでおわりだろうか…、と言い、最後に、謎は残るが…充分助けてもらった!!、ありがとッ、と続く。終わったのは探すことではなく、手伝ったほうだ。謎が残ることは、その場で言葉になっている
- 終わっていないものが何残ったのか。歌うもの、食べた話の者、島の者たち、水の底の檻、報酬。五つとも追う場面が無い。島のあとの回で、どれかに触れる場面を探せば決まる
数えた 記録のほうで一つだけ追えた。島のあとの100話(第789話〜第888話)で、ラッコは3話しか出ない(島の前、第566話〜第665話は14話、島の中、第666話〜第788話は33話)。追う場面が無いのは、追う相手が画面から消えているからでもある
- 二つの出ていく場面につながりがあるか。三日しか離れていない。あいだの回を開いて、両方に触れる場面があるかを見れば橋の有無が分かる
絵を開いた 事実(第787話) 橋は無かった。あいだの回(第787話・第788話)を開くと、第787話では島でのことを振り返る言葉が出る ── 「永遠」も手に入るとこだったのに…、また「特訓」だなッ。島民の側に触れる言葉は一つも無い。第788話も同じで、うろこを投げる場面で終わる。二つの出ていく場面は、同じ11月26日に並んでいながら、作中でつながっていない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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