口から出る白いものは、何なのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
中身は出ず、分けかたのほうが決まらない
- 同じ色のものに、正反対の反応が付く
- 動くのは、ものではなく反応のほうになる
- よくあることだ、と言える者がいる
- 読む側にははじめてでも、作中ではふつう
- 一つと数えるか、三つと数えるかが不明だ
白いものが出てくる回が、いくつかある。 出どころも、そのあとも、扱いも、そのたびに違う。
いちばん気になるのは、出たこと自体ではない。 そばにいる者の反応が、回によって正反対になるところだ。
三つ並べる
ひとつめ。 音がして、口から白いものが出る。 そばにいる者は、よくあることだから大丈夫、という読みで流す。 事実(第44話) 誰も驚いていない。
ふたつめ。 白いものが床に落ちる。 桃色の腕が抱きとめる。壁には催しの名が出ている。 事実(第273話) ここでは、落ちたものより抱きとめるほうに絵が寄っている。
みっつめ。 つるを引っぱる手があり、白くて細いものが出る。 そこで、のまれているという叫びが上がる。 事実(第971話) 今度は、危ないこととして扱われている。
反応のほうが、動いている
三つを並べて目につくのは、ものではなく反応のほうの差だ。
| 出たもの | そばにいる者 | |
|---|---|---|
| 第44話 | 口から白いもの | 流す |
| 第273話 | 床に落ちた白いもの | 抱きとめる |
| 第971話 | 白くて細いもの | 叫ぶ |
考察/ここまでで言えること
動いているのは、ものではなく反応のほうだ。
同じ色のものに、正反対の反応が付いている。
この作品では、ものの意味がものの側で決まらない ── 同じ語が遊びと取り締まりの両方を担い、同じ節が歓迎にも討伐にも鳴る。 ここでは、反応のほうが意味を決めている。
ここから二つに分かれる。 別のものだから反応が違うのか、 同じものだが、そのときの場面が違うのか。
作中にそれを決める場面は無い。
「よくある」と言えた者がいる
いちばん重いのは、ひとつめだと思う。
考察/もう少し先まで読むと
よくあることだと言えるなら、前にも見た。
その者は、白いものが出るのを一度ならず見ている。 つまり、この世界の住人にとって、少なくとも一度は見慣れたものだった。 読者にははじめての場面が、作中ではありふれている。
これは、この作品がよくやる置きかたになる ── 説明しないのではなく、説明が要らない側から描く。
そして、ここが効く。 流された一回があるせいで、ほかの二回も「危ないもの」と言い切れなくなる。 一つの反応が、ほかの反応の重さを下げている。
巷では、つながっているものとして読まれる
体から何かが出る場面をひとまとめにして、 一つの筋につなげていく読みかただ。
この読みの強いところ。 三つめの回は、たしかに危ないこととして描かれている。 つるがあり、叫びがあり、引っぱる手がある。
この読みが取りこぼすもの。 ひとつめの回だ。 流されている場面を、前ぶれとしては読めない。 前ぶれなら、そばにいる者が流す理由が無い。
三つは、白いという一点でしかつながらない
決めないほうを取る。
三つは、白いという一点でしかつながっていない。 出どころも、前後も、反応も違う。 つなげたくなるのは、読む側が筋を欲しがっているからになる。
その代わり、つながなくても言えることがある。 この作品では、体から何かが出ることが一度きりの事件ではない。 六年のあいだに、別々の形で何度か起きている。
そして、そのどれについても、何であるかは語られていない。 語られないまま、ある回では流され、ある回では叫ばれる。
決めないでおく
白いものは何度か出てきて、そのたびに扱いが違う。 一度は、よくあることとして流されている。 同じものかどうかを決める場面は、作中に無い。
考察/いちばん先まで読むと
分からないのは中身ではなく、分けかたのほうだ。
三つを一つと数えるか、三つと数えるか。 そこが決まらないかぎり、この問いは形が定まらない。
巷では、白いものを姿が変わることの前ぶれとして並べる読みがある。 巷の説 つないで読むには、流された一回を別のものとして外すか、 流した者が知らなかったことにするしかない。 どちらも、作中に根拠が無い。
そして、この形はキメラでも呪いでも同じだった ── 分けかたが先で、中身はそのあとになる。
この読みの、弱いところ
白いものの出る回は三つを引いている。
一度は流されている、と言えるのはその一つの回になる。 三つを一つと数えるか三つと数えるかが決まらない、と本文も書いている。
まだわかっていないこと
- 三つが同じものなのかどうか。白いという一点でしかつながっていない。出どころ・形・前後を絵で並べれば、種類の数までは出る
絵を開いた 事実(第289話) 二つ開いたら、出どころも扱いも違った。第44話は口から出るもので、毛玉でた、と本人が名づけ、よくあるから大丈夫、で済む。第289話は地面から立ち上がる大きなもので、なんか…大きい討伐、と呼ばれ、三本のほうきで倒される。重なっているのは白いという一点だけになる
- よくあることだと言った者が何を知っているのか。前にも見ていることになる。同じ者の出る回を追って、ほかにも見ている回があるかを探せば当たりが付く
数えた 記録で追える。よくあることだと言った者が誰かが決まれば、その者の出る回は記録で全部引ける。ほかにも見ている回があるかは、その範囲を開けば決まる
- 白いものが出たあと、体に何か残るのか。三つとも、そのあとを追う場面が無い。次の回を開けば、跡の有無だけは決まる
絵を開いた 事実(第44話) 跡は描かれなかった。第44話では、カッコン、と出したあと、サーサー、フキフキ、と拭いて終わる。体に何か残る場面も、次のこまで触れる場面も無い。よくあるから大丈夫、という一言が、そのまま扱いの軽さになっている
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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