ひきだし

単行本の章の題は、どこから来ているのか

第1180話まで読んで書いています

先に結論考察

長い話には中の言葉、寄せ集めには総称が

  • そう見ると、どちらでもない章が出てくる
  • 具体的な題なのに、その巻に語が無い
  • 二つのやりかたの、あいだに落ちている
  • 巻の範囲のずれによるなら、軽くない
  • 切りかたも、題が回と合うのが根拠になる

この記事で、まだわかっていないこと 3

単行本の章の題には、二つの種類があるように見える。

ひとつ。絵の中の字や声が、そのまま題になっているもの。 湧いたとくり返す回。 事実(第475話) 散切り頭の字が画面に出る回。 事実(第631話) 島の名を冠した看板が出る回。 事実(第728話)

ふたつ。中身を指していないもの。 日々、日常、生活。詰め合わせの題だ。

前者は当てられ、後者は当てられない

章と回の対応づけは、絵から当てている。

いま74章まで当てられている。 128章のうち、だいたい六割だ。

当てられたのは、ほとんどが前者だ。 題の言葉が、絵の中に出てくるからだ。 探せば見つかる。

当てられていない54章のうち、26章が詰め合わせの題だ。 中身を指していないので、単行本を開かないと決められない。

残りの22章が、いちばん厄介

そして、残りがある。

題は具体的なのに、その巻の範囲に語が一度も出てこない章が22ある。

例を書く。

  • あるスーパーのついた題は第2巻の章だが、 語が出てくるのは2022年7月あたり。第6巻の範囲になる 事実(第507話)
  • 討伐のついた題は第7巻に二つあるが、 語が出るのは第7巻の範囲の外ばかりになる 事実(第469話)
  • 買い物、解雇、ピクニックにあたる語は、 範囲の中に出てこない

読みは、二つに割れる

ひとつ。書きとめられていない。 各話に付けた短い言葉は三つだけなので、書き落としがある。 いちばんありそうだと思う。

ふたつ。巻の範囲がずれている。 絵から切った編の線が、本と合っていない。

考察/いちばん先まで読むと

巻の範囲のずれによるなら、軽くない。

読みは二つある ── 書きとめられていないか、巻の範囲がずれているか。

ふたつめだとすると、第8巻までの切りかたにも関わる。 あれは章の題が回と合うことを根拠にしている。 題と回が合っていないなら、根拠のほうがずれていたことになる。

合った74章だけを見て、合った気になっているかもしれない。 合わなかった22章は、記録の抜けとして片づけたくなる形をしている。

だから、この問いに行き着く

そこで、手前の問いが立つ。

題は、誰がいつ付けたのか。

描いたときに付いたなら、題は回の中の言葉だ。 絵の中に出てくるのが当たり前で、22章の食い違いは記録の抜けだ。

本にするときに付いたなら、話が変わる。 題は、後から見たまとめであって、回の中の言葉ではない。

後者なら、22章は説明がつく。 まとめとして付けた言葉が、絵の中に無いのは当たり前だからだ。

どちらもありそうに見える

決められない理由を書く。

絵の中の字がそのまま題になっている章が、たしかにある。 事実(第631話) これは、描いたときの言葉に見える。

詰め合わせの題も、たしかにある。 これは、後からまとめた言葉に見える。

長い一続きには、その中の言葉を。寄せ集めには、まとめの言葉を。 巷の説

考察/ここまでで言えること

章の題には、二つの付けかたがありそうになる。

絵の中の字がそのまま題になっている章は、描いたときの言葉に見える。 事実(第631話) 詰め合わせの題は、後からまとめた言葉に見える。

両方あるのだとしたら、章によって付けかたが違うことになる。 そう考えると、自然ではある。

そして、当てられる章と当てられない章の分かれめも、そこで説明がつく ── 前者は探せる。後者は探しようがない。

考察/もう少し先まで読むと

22章が、どちらなのか分からなくなる。

具体的な題なのに語が無い。二つのやりかたの、あいだに落ちている。

具体的なら、描いたときの言葉のはずだ。ならば絵に出ているはずだ。 出ていない。 まとめの言葉なら、詰め合わせの題のように抽象的になるはずだ。なっていない。

つまりこの22章は、上で立てた二つの付けかたのどちらでも説明できない。 読みを一つ足すか、この分けかたを捨てるかになる。

目次を見るまで、開けておく

この問いは、単行本を開けば片づく。

どの回が入っているかが分かれば、22章の食い違いも決まる。

持っていないので、当てずに空けてある。 当てられていない章の題は、巻のもくじの下に名前だけ並ぶ。 リンクにはしない。行ける場所が無いからだ。

単行本にその章はあるのに、読者からは無いのと同じという状態を、 せめて題だけは出して避けている。 そこが、いまできる精いっぱいだ。

この読みの、弱いところ

当てられた74章のうち、ここで引いているのは三つの例になる。

22章の食い違いは、記録の抜けか範囲のずれかが分かれない。 二つの付けかたという分けかたも、こちら側のものだ。 本文も、22章はどちらでも説明できないと書いている。

まだわかっていないこと

  • 題は誰がいつ付けたのか。描いたときなら回の中の言葉になり、本にするときなら後から見たまとめだ。両方ありそうに見えるのが、いまの状態になる

    絵を開いた 事実(第728話) 章によって出どころが違う、という読みが立った。絵の中の字か声からそのまま取れる章が74ある(第728話の、島二郎、の札のように)。これは描いたときの言葉だ。残り54章は、なんか日々・すごく日々のような詰め合わせの題で、後から見たまとめに見える。両方ありそうに見えたのは、両方あるからかもしれない

  • 22章の食い違いが何によるのか。記録の抜けか、巻の範囲のずれか。単行本を開けば片づく。

    確かめる道が無い 単行本を開けば片づく。22章の食い違いは、そこまで決まらない

  • 詰め合わせの章にどの回が入るのか。中身を指していないので、絵からは当てられない。当てる道が無いことまでしか言えない

    数えた 数えた。詰め合わせの題は26章(日々11・日常9・生活6)。中身を指していないので絵からは当てられない。そこは変わらない

この記事の方針

  • 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
  • ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
  • 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
  • あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。

このサイトの使いかた

お気に入り

Xに書く スレッズに書く