ひきだし

人魚を食べた話は、そのあとどうなったのか

第1180話まで読んで書いています

先に結論考察

誰のことかが決まらず、語りだけが残る

  • 食べた者も、行方の分からない者も無名だ
  • どれもまとめて語られるだけになる
  • 空いたところが多いと、筋が通しやすい
  • 通しやすさは、材料が少ないことから来る
  • 材料が無いまま決めると、読みが浮く

この記事で、まだわかっていないこと 3

人魚を食べたという話が出る回がある。 事実(第778話)

行方不明の字と並んで語られていて、杯がある。

そのあと、その者がどうなったかを追う場面が出てこない。

話として出て、話のまま流れていく。

誰のことかも、決まっていない

そのうえで、もっと手前が空いている。

食べた者が誰なのかも、決まっていない。

行方が分からないという言葉と並んで語られるので、 食べた側なのか、食べられた側の話なのかも読み分けにくい。

行方が分からないのは、食べた者なのか。 食べられたほうなのか。 同じ回の中に、二つの語が並んでいるだけだ。

巷では、つないで読まれる

食べたことと、島で起きたことをつなぐ読みだ。

つなぐと筋は通る。

通りやすい筋ほど、気をつけたい

つながって見えることと、つながっていることは別だ。

邪魔になる場面が無いからだ。

巷では、その後に別の姿になったという読みが語られる。 巷の説 食べた。そのあと変わった。だから島であんなことになった。 原因と結果が一本になる。

考察/ここまでで言えること

描かれていないところが多いほど、どんな筋でも通ってしまう。

つないでよいと示した場面は、出てこない。

この一続きには、空いているところが多い。 歌うものの望みが出てこない。檻のそばの言葉がつながらない。 島の者たちの側の事情も出てこない。

邪魔になる場面が無いので、筋がきれいに通る。 通しやすさは、材料が多いことではなく、少ないことから来ている。

島の終わりに、いたかどうか

もう一つ、確かめたいことがある。

その者は、いまも島にいるのか。

島の話の終わりには、離れていく者たちがいた。 事実(第789話) 舟をこぎ出して、朝の海に島がうかぶ。

そのなかに含まれていたのかどうかも、描かれていない。

かがり火のもとで礼を言う回もある。 事実(第741話) そこに居たかどうかも分からない。

追えないことが、この一続きの形

そう並べると、見えてくるものがある。

考察/もう少し先まで読むと

この一続きでは、個人が追えない。

食べた者が誰か。行方が分からないのが誰か。離れていったのが誰か。 どれも、まとめて語られるだけだ。

島の者は、いつも群れの側で画面に入る。 一つずつ追う描かれかたをしていない。

うろこが海に落ちていく場面がある。 事実(第788話) 何かが終わったことは伝わる。誰のことなのかは、やはり分からない。

つまりこの編は、誰かに起きたこととしてではなく、 島に起きたこととして描かれている。 個人を追う読みは、はじめから作品の描きかたと向きが違う。

だから、話のままにしておく

話として出たものを、話として置いておく。

食べたという話が出た。誰のことかは決まっていない。 そのあとは追われない。

考察/いちばん先まで読むと

決める材料が無いまま決めると、そのあとの読みが全部そこにぶら下がる。

そこから先へ行くには、誰のことかを決めることになる。 決めれば、その者のその後も、島で起きたことの理由も、続けて言えるようになる。

決めた一点が外れていれば、続けて言えたことが全部外れる。

そして、外れたことに気づけない。 誰のことかは、もともと描かれていないので、突き合わせる相手がいない。

決めないでおく。決めないことで残るのは、不気味さだ。 それは、この一続きが実際に持っているものだ。

この読みの、弱いところ

この話が出る回は一つになる。

個人が追えない、と言うには、 島民の顔が描かれたこまを、106話から拾い直すことになる。 不気味さが残る、という読みは、読む人を見て言ってはいない。

まだわかっていないこと

  • 食べられたとされる者が、いまも島にいるのか。島の終わりに離れていく者たちがいるが、そのなかに含まれていたかが描かれない。島の者は一つずつ追う描かれかたをしていない

    絵を開いた 事実(第742話) 島の者は一つずつ追われない、というのは絵でもそうだった。第742話も第666話も、島の者は同じ形のかげとして列になって並ぶだけで、顔が描き分けられていない。含まれていたかどうかを追う手がかりが、絵の側に無い

  • 食べた側なのか、食べられた側の話なのか。同じ回の中に二つの語が並んでいるだけだ。その回の絵を開いて、語っている者の向きを見れば一段進む 事実(第742話) 拡声器を持った側が島の者へ問う形。食べられた側の話として語られている

    絵を開いた 事実(第742話) 絵を開いたら、向きが決まった。第742話でラッコが拡声器を持ち、セイレーンは怒っているッ、仲間の人魚を食べられたと…、と言う。そのうえで島の者に、どんな味だったか教えなッ、だれかッ 心当たりは…ッ、と問う。食べられた側の話として語られ、食べた側は名指しされない

  • そのあとを追う場面があるのか。話として出て、話のまま流れていく。島のあとの回に触れる場面があるかを探せば、有無だけは決まる

    絵を開いた 事実(第742話) そのあとを追う場面は、この回にも無い。第742話は問いかけで終わり、ざわ…ざわ…、と列がゆれるところで切れる。答える者は出てこない

この記事の方針

  • 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
  • ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
  • 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
  • あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。

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