湧いたものは、誰のものなのか
第1166話まで読んで書いています
先に結論考察
- 渡す相手がいないので、もらったとも買ったとも言えない
- 食べるところだけを見ると、買ったものと差が無い
- 差は手に入れるところにある。払う場面も礼も出てこない
- 量も違う。湧くほうは運ぶのに苦労する大きさが出る
- 誰のものでもないものを持ち帰ることが、咎められない
- 持ち主のいないものが、この世界では当たり前になっている
食べるところだけを見ると、差が無い
味わう場面も、喜ぶ場面も変わらない。 湧いてくるポップコーンを、口を開けて受ける。 事実(第1052話)
差は、手に入れるところにある
郎と書かれた黄色い看板の前で、黒い列がならんで歩く。 事実(第463話) 買うほうには渡す側がいて、並ぶ順もある。おしまい、という区切りもある。
湧くほうには、そのどれも出てこない。
考察/ここまでで言えること
払う場面も、礼を言う場面も、湧くほうには出てこない。
量も違う
黄色いまるい湧きものが出て、でかいの発見の六文字が続く。 事実(第473話) 持てる大きさを越えたものが出る。
サイダーの湧きどころでは、運べッ、がくり返され、体が引きずられていく。 事実(第887話)
考察/もう少し先まで読むと
買うほうは持てる大きさにそろっていて、湧くほうはそろっていない。
ここから先は推測
渡す相手のいないものを、もらったと言えるのか。
言えないなら、湧いたものは誰のものでもないことになる。 持ち帰っても、断る者も、分ける決まりも出てこない。
考察/いちばん先まで読むと
持ち主のいないものが、この世界では当たり前として置かれている。
店があって、値段が出ないのと同じ形になる。 やりとりの形だけがあって、持ち主のほうが空いている。
まだわかっていないこと
- 湧いたものを持ち帰ることに、決まりがあるかどうか
絵を開いた 事実(第887話) 開いた。サイダーの湧きどころで、運べッ、がくり返され、体が引きずられていく。運ぶ場面はあるのに、断る者も、分ける決まりも出てこない
- 買うほうが、どう描かれているのか
絵を開いた 事実(第463話) 開いた。郎と書かれた黄色い看板の前で、おしまい、がくり返され、黒い列がならんで歩く。買うほうには渡す側がいて、並ぶ順もある。終わるという区切りもある
- 量の違いが、どこに出ているのか
絵を開いた 事実(第473話) 開いた。黄色いまるい湧きものが出て、でかいの発見の六文字が続く。持てる大きさを越えたものが出る回になる。店で並ぶ品は、たいてい持てる大きさになっている
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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