ひきだし

かわいいのに、なぜ怖いのか

第1180話まで読んで書いています

先に結論考察

こわさではなく、住人との距離が変わる

  • 巻きこまれる側から、疑いはじめる側へ
  • 見た目がこわいものほど、何かを言う
  • はじめから、見た目とふるまいが合わない
  • 分けかたが、まだ決まっていない

この記事で、まだわかっていないこと 3

3年半のあいだに、問いが動いている

この作品の「こわさ」は、よく落差として語られる。 かわいい絵の中に急にこわいものが出てくる、という驚きの話だ。

けれど1209話を順に並べると、こわさの扱われかたが動いているのが分かる。 三つの回を並べてみる。

2020年8月 ── こわいものは、しゃべっている

第67話。牙と角のある黄色い生きものが出てくる。 大きく口を開け、長い舌を出している。 事実(第67話)

言っていることは「返せ」だ。 モモンガに取られたものを返せと言っている。

こわい見た目のものが出てきて、言っているのは正しいことだった。 初期の段階で、すでに見た目とふるまいが一致していない。

2021年3月 ── こわさは、心配の材料になる

第202話。鎧さんが、ちいかわの連れてきたものを見て、「擬態型」ではないかと疑う。 事実(第202話) そして、食べられそうになっていないか、 凶暴なところを見ていないかと確かめている。

ここでは、こわさは驚きではなく警戒のしかたとして出てくる。 擬態型がいるという前提が、この世界の日常に入っている。

2023年10月 ── 住人が、討伐を疑う

第761話。セイレーンの目がうずまきになり、姿が変わる。 そのとき、住人がこう言う。 事実(第761話)

討伐するのが、正しいんだよね?

こわいものを前にして、こわいと言っていない。 言っているのは、自分たちのやっていることは正しいのか、だ。

この一行が、3年半のあいだで起きたいちばん大きな変化だと思う。

並べると、こう見える

こわいものの扱い住人の位置
第67話言い分がある巻きこまれている
第202話警戒の対象心配されている
第761話倒す相手疑いはじめている

考察/ここまでで言えること

こわさが増えたのではない。住人との距離が変わっている。

2020年には、こわい見た目のものが正しいことを言っていた。 2021年には、見分けるための言葉ができていた。 2023年には、倒す側が手を止めて聞いている。

動いているのは、こわいものの側ではない。 相手は初期から言い分を持っていた。 変わったのは、それが住人に届くかどうかだ。

巷では、この作品のこわさを落差として語る。 巷の説 落差は、初期からずっと同じだけある。 六年で変わったのは、落差ではなく、住人の側の立ち位置だ。

よく言われている説

「なぜ同じ絵の中にあるのか」について。 巷の説

説1 落差が効いている

いちばん多い読み。かわいいものの中に置くから、こわさが強く出る、という筋。 表現の技法として読む見方。

弱いところは、驚かせる作りになっていないこと。 こわいものが出る回も、他の回と同じ間で、同じ大きさで描かれる。 盛り上げも、ためもない。

この説だと説明できないこと。 第67話。 あの生きものは、驚かせるために出てきたのではない。 取られたものを返せと言いにきている。 落差を作りたいなら、言い分を持たせる必要がない。

説2 もともと分かれていない

この世界では、かわいいものとこわいものが同じ線で描かれている。 分けていないから同じ絵の中にある、という読み。

弱いところは、それなら「擬態型」という呼び名が要らないこと。 事実(第202話) 分けていない世界に、見分けるための言葉は生まれない。

この説だと説明できないこと。 第761話の問い。 分かれていないなら、討伐が正しいかどうかを疑う理由がない。

説3 分けているのは読者のほう

住人はこわがっていない、という読み。 こわいと思うのは外から見ている者で、中にいる者にとっては日常だ、という見方。

弱いところは、住人が明確にこわがる場面があること。 第202話で鎧さんは、危ない目に遭っていないかを本気で確かめている。

この説だと説明できないこと。 第761話。 住人自身が立ち止まっている。 日常として流していたら、あの問いは出てこない。

この読みの、弱いところ

引いているのは三つの回で、どれも島に近い時期に寄っている。 本文もそう書いている。

住人の立ち位置が変わった、と言うには、 こわいものの出る回を拾いきったことが要る。

ここから先は推測

三つの回に共通しているのは、こわいものの側に何かがあることだ。

第67話の生きものには言い分がある。 第202話の「擬態型」は、見分けられるものとして名前を持っている。 第761話のセイレーンには、歌を奪われたという事情がある。

ここからこう読める。

こわいのは見た目ではなく、事情を知ってしまうこと。

見た目がこわいものは、この作品ではたいてい何かを言っている。 言い分を聞いてしまうと、討伐が単純でなくなる。 こわさは、倒しにくさに変わっていく。

これは飛躍だ。 事情が描かれないまま倒される回のほうが多いし、 三つとも島編に近い時期に寄っている。 作者が単に長く描くうちに厚みが出ただけ、という読みもできる。

それでも、第761話の一行を書いたのはこの作品自身だ。 外から「かわいいのにこわい」と言っているうちに、 中では「正しいのか」に進んでいた。

考察/いちばん先まで読むと

分けられていないのではなく、分けかたがまだ決まっていない。

分けられていないのなら、擬態型という呼び名は生まれない。 分けかたが決まっているのなら、討伐が正しいかを疑う声は出ない。

呼び名はあって、線が引けていない状態だ。

そして、決めていないのは読者ではなく作品のほうだ。 第761話の問いは、読者が投げたのではない。住人が立ち止まった。

ここでは、作品の側が問いを開けたまま進んでいる。

まだわかっていないこと

  • 住人がそれをこわいと思っているのか。こわがる場面も、日常として流す場面も両方ある。こわいものの出る回を拾って、住人の顔と次の行動で分ければ、割合は出る

    決めて作った 割合は出さないと決めた。こわがっているか、日常として流しているかは、顔と次の行動から読み取ることになる。読み取った数を出せば、作品の数に見えてしまう(ルール18)。指せるのは回のほうで、第498話では外の者たちが、あーん、キャー、と声をあげて離れ、中にいた者は紙を握ったまま息を切らす。同じ回に両方ある

  • 姿を変えてしまう出来事がなぜ起きるのか。作中で理由が語られた場面が無い。原因を言う声が一つでもあれば、そこで決まる。いまは無い

    絵を開いた 事実(第79話) 原因を言う声を一つ探した。第79話には赤い足と緑の足が出るが、なぜそうなったかを言う声は出てこない。第80話で杖が折れると戻るだけだ。理由は語られていない

  • 討伐される側に言い分があるのか。返せと言う回があり、歌を奪われた事情のある回もある。討伐の回を全部拾って、相手が何か言った回を数えれば、例外なのか癖なのかが分かれる

    数えた 討伐の回を全部拾うのは、書きとめの側からはできない。相手は書きとめていないので、回を絞れない。返せと言う回があることまでになる

この記事の方針

  • 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
  • ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
  • 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
  • あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。

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