キメラとは何なのか
第1183話まで読んで書いています
先に結論考察
中身は示されず、名前だけが外から来る
- 作者がその回に付けた一語になる
- 作中の誰かが言った言葉ではない
- くくったのが作中でないなら、前提も外
- 一つだと決めて探すと、全部はずれうる
- 名前を与えておいて、中身を置いていく
キメラという言葉が、どこに書かれているかから始める。 ここを取り違えていたので、先に直しておく。
第10話の絵の中に、キメラの字は無い。 事実(第10話) 絵に出るのは、ピンクになって腕の増えた者が こんなになっちゃったと言い、なっちゃったからにはもう…ネ…と続ける場面。 ちいかわはこわい こわいと言って逃げ、最後にヤダーッと叫ぶ。
キメラの字は、公式がその投稿の本文に書いている。 事実(第10話) 2020年2月3日の投稿で、絵のほかに書かれているのはこの一語だけだ。
投稿に書かれた言葉は、21話ぶんしかない
なぜこれが大きいかというと、そういう回がめったに無いからだ。
本編1209話のうち、投稿の本文に言葉の書かれたものは21話。 どれも2020年の初めに集まっていて、鮭とば・ヤクルト・ブタメン・どら焼きのような その回に出てくるものの名前が多い。
ここが効いてくる。住人がこの語を口にする回は、出てこない。 絵の中に書かれた回も、出てこない。
考察/ここまでで言えること
この名前は、絵の外から来ている。
作者がその回に付けた一語であって、作中の誰かが言った言葉ではない。
これが効くのは、巷の議論がこの一語の上に立っているからだ。 原因を探す記事も、戻れるかを論じる記事も、 一つのものとして扱うところから始まっている。
一つにくくったのは、作中の者ではない。 投稿の本文に一語を置いた、その一回だ。
絵の中で呼ばれている名前は、別にある
いっぽう、絵の中のせりふで呼ばれている名前はある。
擬態型か…? 事実(第143話) 黒い玉を両手に持った相手を前にして、そう言う声が出る。2021年の年明けだ。 四年後にも、同じ呼び分けが使われる。 事実(第972話)
こちらの語は作中のものになる。 見て、言い当てている。
つまり、二つの名前で出どころが違う。
| 名前 | どこにある | 誰の言葉か |
|---|---|---|
| キメラ | 投稿の本文 | 作者 |
| 擬態型 | 絵の中のせりふ | 作中の者 |
同じ棚に置いてはいけない。
変わりかたが、回によって違う
呼び名の話はここまでにして、起きていることを並べる。
腕が増えて、色が変わる。 事実(第10話)
灰色になった背中が、のびていく。 事実(第78話) 指さしている者がそばにいる。
体の一部だけが変わる。 熱のあと、耳が青くとがり、手の先が黒くなる。 事実(第833話)
どれも「変わる」だが、変わりかたが同じではない。
だから、問いが二つに割れる
ひとつ。同じひとつの現象なのか。 一つの仕組みがあって、出かたが違うだけ、という読み。
ふたつ。似た見た目をまとめて呼んでいるだけなのか。 別々のことが起きていて、外から一つの言葉でくくっている、という読み。
後者だとすると、原因も一つとはかぎらない。 原因を一つに絞ろうとする読みは、そこで足もとがなくなる。
そして、くくっているのが作中の者ではないとなると、ふたつめが重くなる。 キメラという一語は、投稿の外側からまとめてかけられた名札にあたる。
討伐の相手との関係は出てこない
もうひとつ、大きな空きがある。
討伐の相手として札に書かれるものと、この語で呼ばれるものの関係が示されない。
倒す相手のことなのか。状態のことなのか。 状態なら、誰かが変わったものを倒していることになる。 相手の種類なら、変わることとは別の話だ。
擬態型のほうは、相手を見て言い当てる使われかたをしている。 事実(第143話) 種類として扱われているように見える。
いっぽう、第10話は変わった側の話だ。 事実(第10話)
同じ棚なのかどうかが、作中で言われていない。
巷の扱いと、作中の扱い
巷では、キメラが一つの現象の名前として使われている。 巷の説 変わること自体はキメラ化と呼ばれ、背中の羽・太い尻尾・とがった爪が目じるしに挙げられる。 巷の説 こんなになっちゃった、という一言が、その呼び名といっしょに引かれる。 巷の説
その前提を、作品は与えていない。 与えているのは、投稿に書かれた一語だけだ。
ここでは、前提のほうを開けておく。 一つなのか、いくつもあるのか。そこが決まっていないと書いておく。
考察/もう少し先まで読むと
くくっているのが作中の者でないなら、前提そのものが外から来たことになる。
一つの仕組みがあって出かたが違うだけなのか、 別々のことが起きていて、外から一つの言葉でくくっているだけなのか。 作中に、この二つを分ける場面は出てこない。
そして、くくった一語は投稿の外側からかけられた名札にあたる。 名札は、中身を確かめずにかけられる。
名札を一つにしたまま原因を探すと、別々のことが起きていても一つに見える。 まちがえたことにも気づけない。名札が一つなので、まとまって見え続ける。
いま挙げられること
- キメラの字があるのは、第10話の投稿の本文(絵の中ではない) 事実(第10話)
- 絵の中の呼び名は擬態型のほう(第143話・第972話) 事実(第143話)
- 変わりかたは回によって違う
- 範囲も、討伐との関係も、作中で示されない
考察/いちばん先まで読むと
名前を与えておいて、中身を置いていく。
この作品がふだんやっていることが、いちばん知りたいところで起きている。 郎の一字も、拾魔の札も、擬態型も、みな名前が先に来て中身が来ない。
しかも今回は、名前のほうが絵の外にあった。
つまり、読者はこの現象について、 作中からは一語も受け取っていないことになる。 受け取ったのは、作者が一度だけ添えた語だけだ。
長いあいだ「その言葉が画面に出る」と書かれていた。 絵を開いて直した。 直すまで、外から来た語を作中の語として扱っていた。
この読みの、弱いところ
投稿に言葉のある21話のうち、この一語は一つになる。
絵の中の呼び名は二つの回から引いている。 範囲も、討伐との関係も、作中で示されない。
まだわかっていないこと
- 同じひとつの現象なのか、似た見た目をまとめて呼んでいるのか。変わりかたを形で分けて、種類が一つか複数かを先に決めることになる。決めるまで、原因の話に進めない
決めて作った 先に種類を分ける、と決めた。分けかたは見た目ではなく、作中でその語が当てられているかどうかにする。キメラ・寄生・擬態型は、似ていても別に数える。呼び名を付けたのは作品の側なので、線を引く役を渡せる。この線で見ると、キメラという語そのものが絵の中に出た回はまだ挙げられない
- 討伐の相手と、この語で呼ばれるものの関係。擬態型は相手を見て言い当てる使われかたで、第10話は変わった側の話だ。討伐の回で、変わる前の姿が描かれた回があるかを探せば橋が架かる
確かめる道が無い 討伐の回を全部拾う道が無い。相手は書きとめていないので、書きとめの側から橋を架けられない
- 作中の者がこの語を口にする回があるか。開いたかぎりでは挙げられない。絵の中の字と吹き出しを拾えば、有無だけは決まる。一つでもあれば、この記事の前提が変わる
絵を開いた 事実(第10話) 絵を開いて確かめた。第10話の絵に、この字はどこにも出てこない。出ているのは投稿の本文のほうだけだ。作中の者が口にする回は、いまのところ挙げられない
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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