ひきだし

なぜ、食べ物が湧いているのか

第1180話まで読んで書いています

先に結論考察

理由はうわさとしてあり、誰も確かめない

  • うわさが立つのは、確かめた者が無いから
  • 伏せられたのではなく、中の誰も知らない
  • いちばん最初に湧いたのは、食べ物でない
  • 食べ物が湧く、という言いかたがあとだ

この記事で、まだわかっていないこと 4

この問いには、作中に答えの候補がある

湧く理由については「説明されていない」と書かれることが多い。 けれど作中で、住人が理由を口にする回がある。

2022年5月、あちこちでメロンパンが地面から湧きはじめた回。 そこで、こう語られる。 事実(第475話)

「踊り」のおかげだといううわさがある、と。

そして同じキャラが、続けてこう言う。どうなんだろ、と。 事実(第475話)

考察/ここまでで言えること

答えが無いのではない。答えの候補が作中にあり、それを中の誰も確かめていない。

作品は理由の候補を出し、同時にそれを確かめていない住人も出している。 外から読む者が「説明されていない」と言う前に、 中にいる者がすでに「どうなんだろ」と言っている。

うわさの形で語られているなら、確かめた者はまだいない。 伏せられているのは読者にだけではなく、住人も答えを持っていない。

この作品のふだんの隠しかたは逆になる ── 知らないのは読者の側だけで、住人は疑わずに暮らしている。 ここでは、どちらも知らない。

湧きかたについて、確かめられること

いちばん最初に湧いたのは、食べ物ではない

2020年4月、地面から噴き上がってきたのはフエラムネだった。 事実(第28話) 口に入れると音が鳴る、食べ物というより玩具に近いものだ。

考察/もう少し先まで読むと

「食べ物が湧く」という言いかたのほうが、あとから付いている。

そして、湧くこと・生えること・採ることが、はっきり分けられていない。 木に生える回も、土から出る回も、夜に採取と呼んで籠を持つ回もある。

つまり、「食べ物が湧く」というくくりは、後ろから当てたものになる。 くくった時点で、最初の一回が外れている。

問いの形が、すでに読む側の手で作られていることになる。

一斉に、あちこちで湧く

第475話では、メロンパンが広い範囲で同時に湧く。 住人が集まってきて、ひとつずつ拾って食べる。 事実(第475話)

  • 「色んなところで湧きはじめてる」という言い方がされる 事実(第475話)
  • 大きいものが見つかる場面がある 事実(第475話)
  • 湧いたことを、住人は喜ぶ。 ふしぎがる場面は出てこない

地面からとはかぎらない

木に生えるかたちで出てくる回もある。 事実(第581話) 土から出る白いものが採れる回もある。 事実(第460話) 夜に「採取」と呼んで籠を持って歩く回もある。 事実(第469話)

場所そのものが、食べ物でできている回がある

2024年6月の一続きでは、地形が食べ物になっている。

茶色くとろけた沼。谷にはまったたこ焼き。実として唐揚げのなる木。 そして、転がってくるミートボール。 事実(第887話)

湧くのでも、生えるのでも、採るのでもない。 はじめから、そこが食べ物でできている。

これを湧きと同じものとして数えるかどうかで、この問いの形が変わる。

同じなら、この世界の地面は食べ物と地続きということになる。 湧くのは、地面がもともとそうだからだ。

別なら、あの場所だけが特別だったことになる。 入場券を買って入る場所なので、ふだんの土地とは別あつかいという読みも立つ。 巷の説

作中に、どちらとも書かれていない。

よく言われている説

巷で語られているものを、作中の言葉に近いほうから。 巷の説

説1 「踊り」が関わっている

作中のうわさをそのまま採る読み。 この説の強さは、他の説と違って作品の中に出典があることにある。

弱いところは、うわさとしてしか出てこないこと。 踊った直後に湧いた、という因果が画面で結ばれる場面が見当たらない。

この説だと説明できないこと。 2020年のフエラムネ。 あの回に踊りは出てこない。うわさが生まれる前の湧きが、すでにある。

説2 誰かが用意している

鎧さんのように仕組みを回している者が、裏で置いている、という読み。 報酬や店が成り立っていることから、供給元があるはずだ、と考える。

弱いところは、置いている場面が一度も無いこと。

この説だと説明できないこと。 湧きかたが噴き上がる形をしていること 事実(第28話)。 置くのであれば、土の中から噴き出す必要がない。

説3 釣り合いが取れている

討伐で失われるぶんと、湧くぶんが釣り合っている、という読み。 世界の収支として読む見方で、いちばん大きな絵を描く。

弱いところは、数えられていないこと。 湧いた量も失われた量も、作中で数字になったことがない。

この説だと説明できないこと。 湧くものが食べ物とはかぎらないこと。 フエラムネが釣り合いの中に入る位置が無い。

説4 説明が要らないところとして置かれている

作品の構造の話。 説明しないと決めた部分が世界のあちこちにあり、そのひとつだ、という読み。

弱いのは、作品の外から持ちこんだ理屈になるところ。

この説だと説明できないこと。 第475話で住人が理由を語ろうとしていること。 説明が要らない場所なら、うわさが立つ必要もない。

この読みの、弱いところ

うわさの回は一つ、湧きかたの例は四つを引いている。

確かめに行く形が無い、と言うには、全部の回を当たることになる。 気にはしていて確かめに行っていない、という読みも、こちら側の線だ。

ここから先は推測

第475話でいちばん引っかかるのは、うわさの中身ではない。 うわさがあるということだ。

湧く理由を説明できる者が、この世界にいない。 だから住人のあいだで説が回っている。

ここからこう読める。

湧く理由は、住人にも分かっていない。

作者が読者に伏せているのではなく、 世界の中にいる誰も知らないという状態で置かれている、という読み。 だから鎧さんも説明しないし、うわさだけが残る。

これは飛躍だ。 知っている者が画面の外にいるだけかもしれないし、 そもそも住人が気にしていないだけかもしれない。

それでも、作品の中に「うわさ」と「どうなんだろ」の両方が置かれているという 事実は、この読みのほうを向いている。

考察/いちばん先まで読むと

理由をたずねるのは読者だ。

食べ物が湧くことを、住人はふしぎがらない。喜んで拾って、食べる。 たずねられた作品は「うわさがある」とだけ返してくる。

うわさは、知りたい者がいるところにしか立たない。 住人がまったく気にしていないなら、うわさも生まれない。

つまり住人は、気にはしていて、確かめには行っていないことになる。 この世界には、確かめに行く形が無い。 調べる場所も、聞く相手も、記録も出てこない。

分からないままなのは、知りたくないからではなく、 知る道が敷かれていないからだ。

まだわかっていないこと

  • 「踊り」と湧くことが関わっているのか。踊った直後に湧いた、という因果が画面で結ばれる場面が見当たらない。踊りの出る回を拾って、そのあとに湧きが続くかを見れば当たりが付く

    絵を開いた 事実(第475話) 作中が、結ばないまま置いていた。第475話の一こま目で、「踊り」のおかげってうわさもあるけどどうなんだろ、と言う。因果はうわさとして出て、そのうえで、どうなんだろ、と疑われる。結べないのではなく、作品が結んでいない

  • 湧く場所が決まっているのか。湧きの出る回の背景を並べて、同じ場所が二度出るかを見れば決まる。二度出れば場所が決まっていることになる

    絵を開いた 事実(第475話) 決まっていない、と作中で言われていた。第475話で、色んなところで湧きはじめてるね!!、と言う。同じ回に、でかいの発見、という声も出る。場所が一つに定まらないことのほうが、画面の言葉になっている

  • 湧くものと店で作られるものが同じ材料なのか。湧いたものと店の品が同じ形で出る回があれば、そこで比べられる。まだ探していない

    絵を開いた 事実(第475話) 比べられる一枚が、やはり無かった。湧くのは第475話の黄色いまるいもの、第906話のサイダー、第1160話のクリーム。店で出るのは第563話のカレー、第566話の黒い皿、第472話の定食。湧いたものに品名が付く回も、店の品が湧く回も、開いた範囲では出てこない

  • 地形が食べ物でできている回を、湧きと同じものとして数えてよいのか。数えるかどうかでこの問いの形が変わる。入場券を買って入る場所なので、別あつかいという読みも立つ

    決めて作った 別あつかいにすると決めた。湧きと数えるのは、作中で、湧いた、と言われている回だけにする(呼び名で分ける、という同じ線)。地形が食べ物でできている場所は、第883話のように入場券を買って入るので、そもそも手に入れかたが違う。この線で数えると、湧きの側に入場料の出る回は一つも無い

この記事の方針

  • 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
  • ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
  • 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
  • あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。

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