湧きドコロとは何なのか
第1180話まで読んで書いています
先に結論考察
渡す者がいないまま、食べ物が出る場所だ
- 名前があって、仕組みが無い
- ほかには渡す者がいた。ここにはいない
- 枯れるということは、無限ではないことだ
- 減るものとして描かれている
行くと、食べ物や飲み物が出ている。住人は驚かない。出ている前提で向かう。
この場所のことを考えるとき、いちばん効くのは 「何が出るのか」ではなく、誰も出していないというほうだと思う。
暮らしの中に、すっかり入っている
早い時期から出てくる。湧きでているところを見にいく回が、 本編が始まって四か月のところにある。 事実(第28話)
そのあとも続く。黄色いまるいものを見つけて騒ぐ回。 事実(第475話) 月の出ている夜に、浮かんで過ごす回。 事実(第909話) 食べ物だけではなく、飲み物が湧く場所もある。 事実(第906話)
六年ぶん、場所として続いている。 単行本では章の題にも使われているので、 作品の側がこの現象に名前を与えていることになる。
この世界のほかの「もらう」と、形が違う
並べると、はっきりする。
考察/ここまでで言えること
この世界は渡すところと受け取るところをよく描く。ここだけが、渡されずに手に入る。
店には、立つ者がいる。仕事には、札を渡す者がいる。 もらいものには、渡す相手がいる。
湧きドコロにだけ、向かい合う相手がいない。 礼を言う場面も要らない。払う場面も要らない。取るだけで成り立つ。
食べ終わった器を下げるところは描かないのに、 渡す瞬間だけはていねいに描く。 その作品の中で、ここだけが渡されずに手に入る。
枯れる
もうひとつ、見落としやすいことがある。出なくなる。
地面が枯れている回がある。 事実(第1160話) そこで灰色の者が出てきて、話が別の向きへ行く。
考察/もう少し先まで読むと
枯れるなら、無限ではない。
出し続けているのでも、勝手に湧き続けているのでもない。 減るものとして描かれている。
ここが、この場所をただの都合のいい設定にしていないところだ。
そして、減るのに管理する者がいない。 級には決めた者がいないが、級は減らない。 減るのに誰も見ていないものは、この世界でここだけだ。
巷では、二つの説がある
ひとつ。この世界の食べ物の出どころとして読む説。 巷の説 店に並ぶものも、報酬で買うものも、もとをたどればここから来ている、という読みだ。
この説の強いところ。 作る場面が描かれないことを、まとめて説明できる。 畑も、工場も、運ぶ場面も出てこない。湧いているなら、要らない。
この説が取りこぼすもの。 店には品書きがあり、値があり、選ぶ場面がある。 湧いたものを並べるだけなら、値が付く理由が要る。 湧きから店までのあいだを描いた回は、出てこない。
ふたつ。討伐で失われる量と釣り合っているとする説。 巷の説 減った分が湧いて戻る、という読みだ。
この説は、枯れる回とかみ合う。 釣り合いが崩れれば枯れる。 ただ、つながりを示した回が無い。 討伐のあとに湧きが増える場面も、 湧きが枯れたあとに討伐が増える場面も、出てこない。
どちらも、説明したいことはよく説明して、根拠だけが足りていない。
この読みの、弱いところ
湧きの回は四つ、枯れた回は一つを引いている。
誰のものでもないと言い切るには、 管理する場面が無いことを示すことになる。それはできないと本文にも書いてある。 いくつあるのかも、出てこない。
ここから先は推測
湧きドコロは、この世界で唯一「誰のものでもない」場所かもしれない。
店は誰かの持ち場だ。仕事は誰かが渡す。もらいものには相手がいる。 そのどれでもないものが、食べ物のいちばん根もとに置かれている。
そう読むと、この世界の暮らしの底が見えてくる。 働かなくても、買わなくても、誰かに頼まなくても、食べられる場所がある。 厳しい世界として読まれることが多いこの作品に、 いちばん最初から用意されていたのが、ここだった。
これは飛躍だ。 誰のものでもないと言い切るには、 誰かが管理している場面が無いことを示す必要があるが、 無いことは示せない。 出てこないだけだ。
そして枯れる回があるかぎり、底としても頼りない。
名前だけがある
考察/いちばん先まで読むと
名前があって、仕組みが無い。
作品は、この場所に名前を与えた。章の題にもなっている。 それなのに、誰が用意したのかも、どこにいくつあるのかも出てこない。
この作品でくり返し出てくる形が、ここでもそのまま起きている ── 仕組みはある。名前もある。出した者だけがいない。
ちがうのは一点だけだ。 ほかの仕組みには、少なくとも渡す者がいた。 札を渡す鎧も、品を出す店の者も、画面にいる。
ここには、それすらいない。 この世界でいちばん奥まで空いているのが、いちばん根もとの食べ物だ。
まだわかっていないこと
- 誰が用意しているのか。管理している場面が無い。無いことは示せないので、出てこないというところで止まる
絵を開いた 事実(第805話) 同じ形のものを一つ確かめた。酒の免許の札には出した側の名も印も無い。管理する側が画面に入らないのは、湧きどころだけではない
- どこにいくつあるのか。描かれない。湧きの出る回の背景を並べて、同じ場所が二度出るかを数えれば、下限だけは出る
絵を開いた 事実(第906話) 名の付いた湧きどころが一つあった。第906話の絵に、サイダーフルーツポンチ湧きどころ、と書かれた字が出る。第475話では、色んなところで湧きはじめてるね!!、と言う。数は出ないが、名前が付くほど個別のものとして扱われている
- 枯れたあとどうなるのか。戻った場面が描かれない。同じ場所へあとで戻って出ているかを見れば決まる。同じ場所だと示す印が無いので、背景で見比べることになる
絵を開いた 事実(第1160話) 枯れたあとを開いた。第1160話で、枯れてるッ、と言って地面を掘ると、そこから灰色の者が出てくる。湧きが戻る場面ではない。枯れた場所から出てくるのは、食べ物ではなく者のほうになる
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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