考察 / まだわかっていないこと
洗う・片づける場面が、ほとんど無いのはなぜか
食べる回は数えきれないほどあります。食べ終わったあとを描いた回が、ほとんどありません。 洗う場面も、片づける場面も、こちらの記録では一度きりです。洗濯機の回が一つ、たたんだ布と一緒に出てきます。
一度きりだということが、この問いの中身です。無いのではなく、一回だけある。 だから「描かない決まり」でもなさそうです。
暮らしの手入れは、時間のかかるものです。それが出てこないぶん、この世界の一日は、食べることと働くことでできているように見えます。
問いはこう置けます。手入れは誰がしているのか。 湧いたものを食べるなら、器も要らないのかもしれません。ただ、器は何度も出てきます。使ったものが次の回できれいになっているという形が、説明されないまま続いています。
第825話を開きました(2026-09-20)。洗っているのは、画面の中です。 「インターネットコーナー」と書かれた場所で、汚れた絨毯をブラシでこする動画を見ています。「信じられないほどの汚れが…」の字が出て、「汚れた絨毯がみるみるキレイになってくよ…!?」「すごいの見ちゃった」で終わります。
自分で洗う場面ではありません。 洗うことは、この回でも見るものとして出てきます。
触れているが、絵で確かめていない回
3文(各話の下に置いている短い言葉)を引いて見つけた回です。 絵を開いて確かめてはいないので、確かめた回とは分けて置いています。
この問いの方針
ここには答えを書きません。作中で説明されていないことを、 説明されていないまま置いています。 語られている説を並べて比べているのは考察のほうです。