考察 / まだわかっていないこと
くりまんじゅうは、食べていないときに何をしているのか
食べている場面、飲んでいる場面は数多くあります。いっぽう、仕事をしている場面はほとんど出てきません。住まいが出た回もありません。
暮らしの片側だけが、長いあいだ繰り返し描かれています。 出てくる回の半分以上で、3文に食べ物か飲み物が入ります。これは記録の偏りではなく、場面そのものの偏りです。
そこで問いが二段になります。ひとつは残りの時間に何をしているのか。もうひとつは、作品がなぜ片側だけを見せ続けるのか。後者を考えると、前者は空白というより、意図して開けてある場所に見えてきます。
本を開いている回、紙に書いている回、道具を手にしている回もあります。数は多くありません。それらが仕事なのか、そうでないのかを示す言葉も出てきていません。
この問いが立つ回
触れているが、絵で確かめていない回
3文(各話の下に置いている短い言葉)を引いて見つけた回です。 絵を開いて確かめてはいないので、確かめた回とは分けて置いています。
この問いの方針
ここには答えを書きません。作中で説明されていないことを、 説明されていないまま置いています。 語られている説を並べて比べているのは考察のほうです。