考察 / まだわかっていないこと
読む側が正体を知りたくなるのは、なぜなのか
正体という言葉が、巷の記事の題にくり返し出てきます。鎧の中身、うさぎの素性、大きいものの正体。説明されていないところに、そのつど向けられます。
作中の者たちは、あまり知りたがりません。 鎧が何なのかを尋ねる場面も、湧く仕組みを調べる場面も、ほとんど出てきません。知らないまま暮らしています。
この差が気になります。読む側だけが知りたがっている。
問いはこう置けます。知りたいのは、分からないと落ち着かないからなのか、それとも答えがあると思っているからなのか。 後者だとすれば、説明されていないことを「まだ明かされていない」と読み替えていることになります。明かされる予定があるかどうかは、どこにも書かれていません。
この問いが立つ回
短い言葉で見つけただけの回
この問いは、絵を開いても決まりません(知りたくなるのは読む側)。 下の回は各話の短い言葉を引いて見つけたものですが、 絵にはこの問いの答えが写らないので、上の「この問いが立つ回」とは分けています。
この問いの方針
ここには答えを書きません。作中で説明されていないことを、 説明されていないまま置いています。 語られている説を並べて比べているのは考察のほうです。