自分の姿を見る場面は、どう描かれるのか
第1166話まで読んで書いています
先に結論考察
- 映ったものを自分だと認める場面が、どの回にも出てこない
- 鏡にうつった顔から始まる回がある
- 写真を見て、これは……自分じゃないよ、と言う回もある
- 首もとのちがいに気づいて、大きくなってない、と言う回もある
- 見ることと、認めることが切り離されていると読める
鏡から始まる回がある
鏡にうつった顔から始まる回がある。 事実(第383話) 映った顔について言う言葉は、この回に出てこない。
考察/ここまでで言えること
映すところまでが描かれて、そのあとの声が省かれている。
見ている姿はあるのに、見て何を思ったかが続かない。
写真では、否定が出る
写真を見て、これは……自分じゃないよ、と言う回がある。 事実(第1106話) そのあと、指で覆う。
考察/もう少し先まで読むと
映ったものを、自分だと認める言葉が出ていない。
否定のほうだけが声になって、確かめる動きは続かない。
気づくのは、首もとのほうになる
ちょっとなんかちがう…、大きくなってない!、と首もとのちがいに気づく回がある。 事実(第809話)
| 何に映るか | 出てくる声 |
|---|---|
| 鏡 | 出てこない |
| 写真 | 自分じゃないよ |
| 相手の目 | 大きくなってない |
ここから先は推測
考察/いちばん先まで読むと
見ることと、認めることが切り離されていると読める。
姿は何度も映るのに、それが自分だと言う場面が来ない。 気づくのはいつも相手のほうか、体の一部だけになる。
まだわかっていないこと
- 鏡を見たあとに何が続くのか
絵を開いた 事実(第383話) 開いた。鏡にうつった顔から始まり、草の上の丸い家に入って、ドスン、とくりかえす回になる。映った顔について言う言葉は出てこない
- 写真を見たあと、確かめにいくのかどうか
掘ってある 別のところで掘ってある。拾った写真を扱った一本に、確かめにいかないことまで置いてある この問いを掘った考察へ
- 姿が変わったことに、本人が気づく回があるのかどうか
掘ってある 別のところで掘ってある。姿が変わる回を扱った一本に、気づく手前と戻る場面を置いてある この問いを掘った考察へ
この記事の方針
- 「事実」は、絵か公式の投稿で照合できたことだけ。確かめた話数を添えています。
- ファンのあいだで語られているものは「巷の説」、このサイトの読みは「考察」と分けています。
- 根拠の薄い読みは「ここから先は推測」の節に分けています。
- あらすじの再構成と長い引用はしていません。歌詞は一行も載せません。
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忘れたころに、もう一度
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- 90日のあいだに、本編は30話ほどふえます。 同じ記事でも、そのころには確かめられることが変わっています (記事の頭に、何話まで読んで書いたかが出ています)。
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